灰色days
□第2話【突然と出会い】
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「れいちゃんの後輩ってことは俺達の……先輩!?」
「……失礼ですが……その……お名前は?」
「宮条ことり、二十歳だよ」
にっこりとそう答えると再び二人の目が丸くなった。
「ことりんは高校2年になる時に早乙女学園に入学したんだよね」
嶺二が懐かし気に目を細めた。
「うん……。高校一年の時、寿弁当でお世話になって……れいちゃん先輩に誘われて行ったライブで黒崎先輩を見て……」
「作曲家になりたいって思ったんでしょ?」
「うん!」
言葉を繋げるように言った嶺二に笑顔で頷く。
《……改めていい声だと思ったし……》
「ん? どーした、おとやんにトッキー。……あ。もしかして、ことりんのこと年下だと思ってた?」
「うん。同い年くらいかなーって……」
「音也、先輩に失礼ですよ」
二人のやり取りを見てことりは嬉しそうに笑う。
「仲良しなんだね。……それで、音くんにトキくんはどんなアクセサリーをご所望ですか?」
二人の前に立つと二人がポカンとこちらを見た。
「? どうしたの?」
首を傾げていると後ろから嶺二に肩を叩かれる。
「ことりんはぼくと一緒でニックネームで呼ぶんだよねっ」
「あ! ご、ごめんね。失礼だったかな?」
慌てて謝ると音也が首を横に振った。
「そんなことないよ!」
「はい。私も」
トキヤも頷いてくれたのでホッと胸を撫で下ろす。
「蘭丸先輩のライブかぁ……俺見たことないや」
見てみたいと言う音也に少し身を乗り出して、言う。
「黒崎先輩のライブはすごいよ! 何かもう言い表せないけど、会場全体が一体となって、その中心が黒崎先輩で――」
「ことりん、二人が困ってるから」
嶺二が苦笑いで止めに入った。
「あ……。ごめんなさい……」
二人に頭を下げると二人も苦笑いする。
「ホント、ことりんはランラン大好きだよね。ぼくちんだったらことりんの曲、すぐ歌うのになぁ」
「ありがとうございます」
口を3にしてそう言う嶺二に笑顔で礼を言った。
「でも私は……最初に黒崎先輩に歌ってもらいたくって……」
この間のことを思い出し、思わず俯いてしまう。
すると嶺二が、ぽんぽんっと頭を撫でてくれた。
「……わかってるよ、ことりん。ぼく等はことりんのこと応援してるんだから頑張って」
にっこりと優しく微笑まれる。
「……ありがとう……」
微笑み返し、礼を述べた。
「あ、あのー……」
遠慮がちに音也が話かけてくる。
「あ! 二人はお客様だったよね。ごめんなさい。何をお探しですか?」
慌てて二人に向き直ると後ろから嶺二の不満げな声がしてきた。
「こぉらぁ! れいちゃんだってお客様だよぉ!」
「寿さんはただの紹介人です。ありがとうございました。貴方の役目は終わりましたよ?」
トキヤがにこやかにそう告げる。
「えぇ!? ひどいっ! れいちゃん泣いちゃうよ!?」
「ご勝手にどうぞ。……それで、宮条さん。今度、私達は一緒に小さな場所ですがライブに出ることになりまして……」
「そうそう! 出来れば皆で同じようなデザインのアクセを着けたくって……」
「うーん……同じデザインってなると難しいかも……。それで……何人分なの?」
「えっと……俺とトキヤとれいちゃんと……」
指を折り始める音也の隣でトキヤが言いにくそうに口を開いた。
「11人分なのですが……」
「じゅ、11人!?」
思わず声が裏返った。
「やはり……ムリでしょうか……」
トキヤが眉をひそめ、申し訳なさそうに言った。
「うーん……」
《後輩達の力になってあげたいんだけどな……》
ふと、嶺二を見るといじけたように店のカウンターで店番をしていた。
ため息をつき、嶺二に近づく。
「れいちゃん先輩、うちがほとんど同じものを置かない店だって知ってましたよね?」
呆れ顔で嶺二に問いかける。
「あれ? そうだったっけ? 忘れてた。あはっ」
舌を出しておちゃらける嶺二にため息をついた。
「……何か考えがあるんですね?」
「え? 何のことかなぁ?」
わざとらしく口笛を吹く嶺二に困ったように微笑んでから後輩二人のところへ戻った。
「いつ頃までに必要なの?」
二人に問いかける。
「今すぐという訳ではないですがなるべく早めにお願い出来ればと……」
言いにくそうなトキヤを見る限り、早めに開かれるライブなのだろう。
少し悩んだ後、カウンターへ二人を手招きする。
カウンターの下から自分で作ったアクセサリーのオーダーブックを取り出し、開く。
「……11人となると……ストーンを使うのが一番いいかもしれないね。カラーもひとつひとつ違うし、ライトに当たると綺麗だし……値段もピンキリだから」
にこりと笑って二人を見る。
「うっわぁ。すっげー……これ、全部デザイン!?」
目を輝かせる音也と違い、トキヤは険しい顔で尋ねる。
「まさか……オーダーメイドですか?」
「うん。そうだよ。腕は保証しないけど……リーズナブルに早めに作るから」
笑って答えるがトキヤは心配そうに眉をひそめる。
「大丈夫だよ、トッキー。ことりんは【早い・上手い・安い】がモットーな子だから」
嶺二がトキヤの肩を叩いてそう言うとトキヤが目を見開いた。
「ま、まさか……貴女が作るんですか?」
「え? う、うん。やっぱり嫌、かな?」
プロじゃないし、と言うとトキヤは首を横に振る。
「い、いえ……そんなことは……。しかし、大変ではないでしょうか……」
「そんなことないよ。大丈夫。あくまで趣味の範囲だから。一応、デザインが固まり次第、デザイン画をれいちゃん先輩に渡しておくね。それじゃあ――」
笑顔でそう言って、メモ帳を取り出した。
「デザイン承ります!」
三人にそれぞれ身に付ける予定の人の特徴等を聞いていく。
「ありがとう。大体、イメージは掴めたと思うから早めにラフ画を送ります」
「ありがちょ! ホント感謝してるよ、ことりん」
「ありがとうございました! 超すごいね、ことり先輩!」
嶺二と音也が笑顔で礼を言ったが、トキヤは一人真面目に礼を言う。
「本当にありがとうございます。くれぐれもあまり無理はなさらないでください。……というか、音也。いきなり名前呼びとは失礼ですよ」
「え……。だって宮条先輩ってなんか固くない? せっかく、愛称で呼んでくれたんだし……」
気まずそうにこちらを見た音也に笑顔で言う。
「私は、大丈夫だよ。むしろ嬉しいし」
「本当に!? ありがとう、ことり先輩! これからよろしくお願いします!」
笑顔になった音也がぺこりと頭を下げる。
「ふふっ。こちらこそよろしくね、音くん、トキくん」
いきなり名前を呼ばれたトキヤも慌てて頭を下げた。
「仲良くなったようでけっこう、けっこう! さぁ、二人とも行くよ。じゃあね、ことりん。また今度」
嶺二が二人に声をかけ出て行こうとする。
「えぇ!? れいちゃん、もう行くの!? 俺、まだ店の中見てな――」
「私達にはこれからレコーディングがあるでしょう。……宮条さん、よろしくお願いします。失礼しますね」
きっちりとした挨拶をして嶺二とともに音也を引き連れて帰って行った。
「また、よろしくお願いしまーす」
苦笑いで手を振りながら三人を見送り、先程のイメージを書いた紙を見る。
「……黒崎先輩……」
一人の人物の特徴を聞いていて、ふっと彼の顔が思い浮かんだ。
『現実主義でいつも前を見てる。音楽が大好きですぐにお腹が空くんだよ〜。ツンツンしてるくせに優しい面もちゃんとあって……。とにかく構ってて面白い!』
嶺二は楽しそうにそう言っていた。
《まさか……ね》
気持ちを切り替え、ラフを描きはじめる。
「あら? なかなかシンプルで可愛らしいデザインね」
店の奥から出てきた女性がラフ画を覗き込んで言った。
「!? ユナさん……」
振り返った先にはこの店のオーナー兼デザイナーのユナが立っていた。
「お客様のデザインでしょ? もうお店番はいいから帰ってじっくり作りなさい」
にこりと微笑んで言われる。
「……はい。そうします。お疲れ様でした、ユナさん」
ぺこりと頭を下げ、荷物をまとめて店を出る。
デザインのことについてユナは少し煩く、半端なことは一切許さない。
デザインについてユナに口出しするのは許される行為ではないとだいぶ前に思い知らされた。
《……ラフ画を描くならちゃんとした所で描けって怒られたんだよね……》
昔のことを思い出し、息を吐いてから青空を見上げる。
何処までも澄んだ青空を見上げていると不意にメロディーが浮かんでくることがあった。
《今日も浮かんでこないかなー》
そんなことを思いつつ、歩いていた時だった。
突然、誰かによって体が後ろに引かれた。
「!」
その瞬間、目の前を子供の集団が通り過ぎて行く。
《もう少しで私……あの子達とぶつかるところだった……ぶつかってたらあの子達が怪我を……って! 今はそんなことよりお礼を――》
誰かに体を支えられたままだったので、礼を言うため上を見上げた。
「あ、あの。ありがとうございま――」
見上げた瞬間、思考が固まる。
「チッ。少しは気をつけて歩いてろ、バカが。空なんか見上げて歩いてんじゃねーよ。……あ? おい、おまえ……大丈夫か?」
そこには呆れ顔の蘭丸が居た。
一気に体が熱くなり、慌てて蘭丸から離れる。
くるりと半回転して蘭丸に向き直ろうとしたがバランスを崩し、後ろに倒れそうになってしまう。
「!!」
「危ねっ!」
咄嗟に蘭丸が腕を伸ばし、抱き留めてくれた。
「ったく……。気をつけろって言ってんだろうが……って、おい、大丈夫かよ。おい!?」
《黒崎先輩に抱き留められて……? あ、あれ? 頭がぐるぐるする――》
蘭丸の呼びかけるような声が聞こえたが残念ながらそのまま意識を失った。
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