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□反対色に憧れた
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――と、確かに私は断ったはずなのだが。
数学の公式を思い出そうと頭を捻っていたら、なぜかショッピングモール行きのバスに乗車している事態に気付き、再び頭を捻った。
勿論私の隣には、けだるそうに吊革に掴まる後輩の姿がある。
「……私、断ったはずよね?」
いかんせん、バスに乗り込むまでの記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。
バス停にでも置いてきてしまったのか、と本気で考えた。
「さあ? センパイが上の空だったので連れてきちゃいました」
そう言って“カワイイ”後輩は無邪気にはにかんだ。実に可愛くない。
脱力と悲愴を身にまとうと途端に情けなくなってきて、私は無意識のうちに「嗚呼、明後日のテスト、終わったな……」と呟いていた。
そこに後輩がすかさず「やだなあ、センパイ。まだテストは終わってないですよ」とケラケラ笑って指摘してくるものだから、軽い目眩が加わった。
親指と人差し指を目頭から離して辺りを見渡すと、学校帰りの学生やスーツ姿の社会人がユスリカのようにお互い身を寄せ合って立っていた。
この時間帯はやはり混むのだな、と普段徒歩通学の私にとってはやや新鮮な光景である。
ユスリカの集団の中で片身狭そうに一人の老女が佇んでいた。買い物の帰りだろうか、左手に小さなビニール袋が握られている。
背骨が心配になるほど折れ曲がった腰に、老女は杖をついて耐え忍んでいた。
床が揺れるからか、何度も場所を変えてつついている。見ているこちらが懸念してしまうほど、不安定な仕草だ。
席に座っている者は、あの老女が見えていないのか。