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□反対色に憧れた
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他人はみな、現実に溺れすぎていると思う。
友人は現実逃避がどうのこうのと言うけれど、実質、現実に身をおいていなければそもそも「逃避」することなど不可能なのである。
現実に溺れ苦しみ、逃げたいと思う感情はそうして確立されていくものなのだ。
【反対色に憧れた】
下駄箱から黒いローファーを抜きとり、地面に放ってからその踵をそろえた。
少し端の部分が擦りきれてきていることを発見し、あと1年もつだろうかとぼんやり考えていた私の元に、背後から足音が近づいてきた。
「ちょっとセンパイ、先に行かないでくださいよ」
別に待ち合わせなんてしていなかったはずだけど、と私は彼女を見上げて言った。
「そうですけど……帰り道が同じなんだから、一緒に帰ったっていいじゃないですか。部活のカワイイ後輩なんですし」
「本当にカワイイ後輩は自分で“カワイイ”なんて言わないわよ」
部活の一年後輩である彼女とは通学路が同じということもあり、最近はよく登下校を共にしている。
しかしいくら注意しても彼女は私を先輩だと認識せず、近頃ではお互いに対する口調が荒っぽくなってきた気すら感じる。
「ねえねえ、帰りにちょっとショッピングでもしていきませんか?」
「はあ?」
後輩の能天気な誘いに唖然とした。
たしかに今日は何の予定も入っていない。
けれど、明後日は全学年一斉テストだ。
勉強しか取り柄のない私にとってテストというのは、ある意味、文化祭よりも重大な行事なのである。
「あんただって明後日テストでしょう? まさか忘れてたなんてこと、ないわよね?」
早速財布の中身を確認しだす後輩に、怪訝な表情を向けながらそう訊いた。
すると彼女は一瞬財布をいじる手を静止させたのち、ふうっとため息を漏らす要領で笑った。
「センパイって、絶滅危惧種? 今時テストだからって『さあ帰って勉強だ』なんて勤勉な生徒いませんって」
「いや、テスト前に勉強しない奴の方がおかしいって」
私がすかさずそう返すと、彼女は私の言葉を遮断するかのように「それに、私なら大丈夫ですよぉ」と母音までしっかり聞きとれるほどに呟いた。
「なんで?」
「だって私、命懸けるほどテストに固執してないですもん」
そこまで話に付き合ったのだから上出来だ、と私はため息を吐き出した。
うわ履きからローファーに履きかえ、ついでに脳内も勉強モードに切り替える。
「じゃあ、そういうことで」
「そういうことって……どういうことですか?」
「家に帰って勉強するって言ってんの。ショッピングするなら一人でどうぞ」