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□梅雨を楽しみ、夏を待て
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「はあ……」
授業の趣旨は理解できた。次は自らで扉を開ける番だ。
そうは思いながらも浮かんでくるのは溜め息だけで、なんの形にもならないそれを繰り返していた。
「なあ、なあ」
と、突然隣の席から小声で私を呼ぶ声が聞こえてきた。
私は目配せだけを行い、気を抜いたらしぼんでしまう風船のような山下くんの声に耳を傾けた。
「お前もう書いた?」
山下くんは、くの字に曲げた人差し指でプリントを叩きながら聞いてきたので、首を小さく振りながら「まだだよ」と私は答えた。
「俺もまだ。将来のことなんてまだ考えてないし」
小学校5年生に聞く質問ではないよね、確かに。
「でも先生は職業じゃなくてもいいって言ってたでしょ。山下くんは将来なにかやりたいこと、ないの?」
そう言ってから私は「自分のことは棚にあげて!」と目を尖らせながら言い合うカップルをテレビドラマで観たな、なんてふと思い出した。
「やりたいこと……」。
山下くんは何度もそう呟きながら真剣に考えている。そこにはもう、落書き計画を練っていたころの面影はない。
きっと、ないわけじゃないんだ。
色んなことに憧れて、でも将来それを取り入れるだけの才能はあるか?努力はできるか?そう何度も何度も吟味しながら探っている最中なんだと思う。
―――今は。
だから私も漠然とした夢を白い紙一枚に綴ることができるほど成長もしていないし、経験値も足りないから軽々と口に出すわけにはいかない。
口に出すわけにはいかないから、多分皆もそれを紡いだままグッと堪えてるんだろう。
本当はこうしたい、とかこの職業に就きたい、なんて思いながら。
そう山下くんに話してみると「まあね」と短く返された。
多分彼は私の話なんて半分も耳に入ってきてはいない。だって真剣だから。
私も早く書かなきゃ。
時計を見たら3時をすぎた頃で、雨の降り続く外を眺めながら「帰り道、ぬかるんでないといいな」と思った。