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□梅雨を楽しみ、夏を待て
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雨音が喧騒をかき消している。教室の窓はうっすらと汗をかいている。

鉛筆を不規則に走らせる音と、先生のパソコンから弾かれるブラインドタッチの音だけが鳴り響いていた。


隣の席の山下くんは、プリントを眺めながらブツブツとなにかを呟いている。

その表情にはどこかイタズラ少年のような悪さが感じられて、私は「ああ、落書き計画でも立てているんだな」と悟った。















その日は午後だけ丸々総合の授業に切り替えられた。理由は他ならぬ、雨のせいだ。

本来なら午後はグラウンドで体育の予定だったのに、お昼前から降り出した雨の影響で中止になったのだ。


最後の砦だと信じていた体育館は他の学年に使用されると知り、担任の小山先生が背中に影を落としていたのを思い出す。


だけど私は体育が苦手だから、むしろこの状況は自分にとって好都合だと感じていた。

体育には運動神経という生まれ持った才能も関係してくるが、総合の授業では感受性といった、ほぼ肉眼では判断できない能力だけを活動させれば何の問題もない。

さらに総合や国語などの教科には正解が存在しない場合が多々ある。

生徒はおろか、ともすれば教師にさえもその回答は知り得ない。

私はそんな未知の扉を一枚ずつ開いていくような教科が好きだ。


今机の上に置かれているプリントもまた、扉をこじあける一つのヒントなのかもしれない。



小山先生が前の席から順に流していったそのプリントには、規則正しい明朝体で「わたしの将来の夢」と書かれている。

私は右上の名前記入欄に自分の名前を走らせるように書いてから考えた。

プリントに何を書くべきなのか、私は「わたしの将来の夢」という見出し文章だけで十分に理解できていた。



「今日は、皆さんの将来の夢を先生に教えてください。どんな夢でも構いません。将来こんなことをやってみたいな、ということがあればプリントに書いてください」


小山先生がそう説明を促すと、皆はチラチラと周囲やプリントを見ながら思い思いに喋り出した。

この光景はきっと中学に入ってからも見ることになるだろう。

私はそんな気がしていた。



「書き終わったら先生のところに持ってきてくださいね」


その声に反応した山下くんは急いで書き途中の落書きを消していた。けっこう上手く描けたのになあ……と呟きながら。
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