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□夏の日
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半ば朦朧とした意識の中、瑞乃紗恵はバテきった体を重たく持ち上げて充電コードの繋がれている携帯電話をつかんだ。
見ると5分ほど前に一件の着信があったことを示す履歴が残っている。
どうやら着信音にすら気付かずに彼女は爆睡していたらしい。
それもそのはず。
紗恵は今朝、今世紀最大と謳ってしまっても過言ではないほどの高熱をだし、ベッドから起き上がることも出来ずに喘いでいたのだ。
(この様子だとまだ熱は下がってないな……)
紗恵は病み上がりに何の用だ、といわんばかりに着信履歴と共に残されていた留守番音声を確認してみようとする。
しかし出来なかった。
何故ならそれと同時に再び携帯が着信を知らせるべく揺れたからだ。
「はい?」
億劫そうに携帯を耳へ近付けると、聞きなれたクラスメイトの声が微かに聞こえた。
「ああ……紗恵……」
「どうしたの? 今授業中じゃないの?」
横目で時計を一瞥すると丁度10時半を回ったところ。熱を出して学校を休んでいる私以外の健全なクラスメイト達は当然授業に参加しているころだ。
「ううん、病院にいるの」
「病院……? どういうこと?」
素直にそう訊いてみるが、そこからすんなりとした返答が返ってくることはなく受話器の向こうからは少し荒めの息遣いが聞こえるのみだった。
「紗恵……落ち着いて聞いてね?」
十分落ち着いてるけど。そう言おうとした口は紡ぐようにして声になることはない。
紗恵は状況を理解している方だった。
明らかにおかしい友人の態度に、良い報せの電話ではないことを薄々感付いていた。
すうっと決心したように零れた小さな深呼吸が携帯電話を介して聞こえた。
そして、告げられた。
「――新藤くんが亡くなった」
友人のその言葉とほぼ同時に手から自然とすり抜けて落ちていった携帯が、乾いた音を立てて床に叩きつけられた。
新藤彼方。
彼はクラスの一員だった。
ムードメーカーとまではいかないものの、柔らかい物腰と端正な顔立ちを兼ね備えた彼は、常に周囲から欠かせない存在とされていた。
その人気は男女問わずのもので、そういえば私の友人にも何名か彼に好意を寄せる者もいた気がする、と紗恵は思い返す。
スポーツも万能といっていいほどの腕前だし、どこからどうみても健康としか言いようがなかった。
(そんな彼が、どうして――……?)
そこまで思ったところで、ふと我に返った紗恵は慌てて携帯を拾い上げて再び耳に近付けた。
するとそこからは既に友人の声は途絶えていて、代わりにメールが一通届いていた。
『至急学校近くの病院まで来てください』
携帯画面に光るその指令文を送ってきたのは先ほどの友人ではなく、担任からだった。
紗恵は若干ふらついたままの体を無理やり動かし、簡素な私服のまま家を飛び出した。