Novel

□第2幕*5部
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「これは調べた事項だ。あの変態と一緒にこれを調べてくれないか」
[かしこまりました。お望みのお時間は?]
「十分」
[は、それで―――]
 残された二人があっけらかんとしている間にも、二人の会話は進んでいる。ぺらりぺらりとノートを捲るコンラッドにそれを機械音をたてて読み込んでいるアリスをなんとも言えない気持ちで見つめること数十秒。
[それではこれで失礼させていただきます]
 現れたときと同じ機械音をたて、その姿は消失したきり見えなくなった。
「い、今のは?」
「ん? ああ、あれ?」
 暇そうにピン、と円盤―――小型映写機を弾きつつ、コンラッドはアグライアの不思議そうな戸惑い含む問いに、溜息をつきながら答える。
「アリス・メイヤー。俺の知り合い。所謂秘書みたいなもん。美人だけど強気なのが玉にキズ」
「……アリス・メイヤーといえば、三年ほど前大掛かりな臓器移植をした方では御座いませんか?」
 その説明にふと顔を上げたフリードリヒが、記憶を探るようにして腕を組み小首を傾げた。ピクン、と肩を微かに揺らしたコンラッドに気付いていないのか、暫く宙に視線をさまよわせて、うんと自分を納得させるように頷く。
「やっぱりそうですよ。ロスの―――UCLAの息がかかった病院で、心臓含めた4つの臓器を交換したとか。前に読んだ記事に書いてあって、名前が覚えやすかったから覚えていたんですが……UCLA、貴方がいた学校でしょう?」
「……まーな」
 心臓がいてぇな―――無償に煙草を吸いたいという欲望を精神力の限りで抑え、“ロスの碩学”は苦笑交じりに答えた。
 コンラッド・フレーバーは、カルフォルニア大学ロサンゼルス校―――通称UCLAで常にトップを独占する生徒であった。世界的に有名なカルフォルニア大学の州立大学システムで多数にある校舎の中でも優秀な成績を修めるこの校舎は、ロサンゼルスの外れに存在した。教授陣も著名な研究者を集めており、勿論のことながらその授業も密度の高いものである。そんな中常にトップにいた存在として、知名度の一番高いコンラッドには次第にそのあだ名が付けられていた。
 在学中での博士号の授与も含め、様々な面で優秀だと謳われた彼はつい三年ほど前、何とその大学を中退しただ。それによって一気に悪い意味も孕み知名度は高まり、そして学者の中でその名を口にすれば誰もが「ああ」と思わず声を出してしまうほどの知名人である。
 だが何故彼が大学を中退したのか、理由を知るものはいない。
「けどよく、ンなマイナーなニュース、知ってたな」
 “ロスの碩学”の中退は様々な新聞が第一面の記事に載せた。天才を英雄のように見ていた者たちを結果的に裏切る形になり、暫くのニュースでもその話題は尽きなかった。確かにアリスのこともニュースになっていたが、裏切り者のニュースに比べれば小さいものである。そんな中の小さな記事とも思われるそれを、よくこの男は覚えていたものだ。
(理由は、簡単か……)
 ふん、と鼻息一つついてコンラッドは顎鬚を撫でる。鋭い深緑の瞳は一瞬だけフリードリヒの黒瞳と見つめあい、そして自然に逸らされる。
 ビンゴだ―――ニヤリ、と心の中で笑みを浮かべ、天才は立ち上がった。
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