Novel

□第2幕*5部
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「今わかったんだ、いいじゃねぇか」
「良くないわよ! もし知ってれば、私は―――」
「奴等を倒せた、か?」
「!」
 必要な情報だけを書き留めているのか、ペンをとった手を忙しなく動かしているコンラッドの言葉に、アグライアは言葉を詰まらせる。カリカリと書く音と機械音が響く中、ロスの碩学≠フ声はより響いた。
「お前は奴等を知っていれば、倒せたか? ん?」
「……そ、それは……」
「まず普通の人間なら、無理だ」
 相手の顔を見ないままのコンラッドの声は、酷く素っ気無い。
「感じたろ―――あの威圧感」
「……」
 その通りだ。渋々とアグライアは無言で頷く。
 あの者が発した異様な威圧感―――否、それ以上の何か。人にあらざりしモノ。何かと問われれば困るが自分は確かに、あれに「恐怖」という感情を持った。
「簡単に言えばサイプレスは、元々は兄弟の幹部六人とボス一人で成り立ってる。そしてその下、普通の強硬派だ」
「じゃあ、今日来たのは……」
「幹部だな、名前はフィア……そしてドライ」
「あいつらは尋常じゃない力を持っている……」
 コンラッドの言葉を引き継いで、フリードリヒは呟く。うんうんとそれに頷いたコンラッドは、情報収集は終わったのか几帳面な字が連なるノートをぱたりと閉じ、組んだ足の上に肘を乗せ指を組みその上に顎を乗せる。鋭い深い緑が、二人を捉えた。
「正直言って、今のお前らが相手に出来るようなレベルじゃないことは、確かだ」
「……」
 すぐ西を渡った大国で名を馳せたロスの碩学≠フ言葉が虚偽でないことをわからない愚か者は、少なくともここにはいなかった。ここにいる全員が、あの強さを知っているからだ。
「だからといって、対抗策がないかというと、そうでもない。俺は奴等の力の正体には大抵目処がついている……なぁ、お前らは朝はぱっと起きられる方か?」
「は?」
 いきなりこの男は何を言いだす―――胡散臭い4つの目に見られても、コンラッドはその口を閉じなかった。煙草を吸おうと胸元に手を伸ばしかけ、ここに灰皿がないことを思い、しぶしぶと手を下ろす。
「私は起きれるわ。もう習慣だもの」
「僕も起きれますね」
「ん、じゃあ起きれない人間もパッと起こせる方法を知っているか?」
「……」
 二人共無言で顔を見合わせるが、すぐに左右に首を振った。そんな無駄な知識を持ち合わせてはいなかった。その様子にどこか満足そうに頷いたコンラッドは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて答える。
「それはな、蚊の羽音だ」
「あ」
 コンラッドの答えにフリードリヒは納得したようだ。ぽんと手を打つと、なるほどと呟く。
「え、何?」
「確かに蚊の羽音は耳元でされると嫌ですよね」
「あ……そう、よね……」
「その通り(ザッツ・シュア)」
「でも、それがサイプレスと何の関係があるの?」
 少しだけいらだったように、アグライアが尋ねた。今は深刻な話であったはずなのに、何故人が早く起きる方法について講義を受けねばならないのだろう。もしかしてそれが強硬派を倒す方法なのだろうか?
「まあ待て……で、それはな。人間の可聴領域で、人間にとって不愉快に思うような領域と、蚊の羽音の周波数が重なっているからなんだ。つまり、人間には嫌だ、気持ち悪い、恐いなんて思う音があるわけだ。作曲家なんてのはそういうのも考えて曲を作ってる。そして、今回のサイプレスの襲撃で、襲撃してきたドライとフィア。俺はフィアの方にゃ会ってねぇが、ドライはある言葉を呟いてから……変わった」
「……」
 変わった、という言葉だけでは言い足りない劇的なアレを、ロスの碩学≠ヘ淡々と言ってみせた。その時いの様子を思い出し思わずふるりと震えたアグライアの肩にそっと手を回し、安心づかせるように笑んだフリードリヒは、相手の言葉を促す。
「それで?」
「そいつは、俺達が今まで見てきたアハトと同じ(・・・・・・)変化の仕方だだった」
「!」
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