Novel

□第2幕*3部
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「アハト! アハトなのか!?」

 残された人間の残骸に浮かんだもの―――それは何とも形容しがたい、愛憎半ばするものだった。

「……久しぶりだな、フィア。元気にしていたか」
 相手を労わるにしては感情の籠らない声を発色の良い唇から漏らしたクレメント―――否、アハトと呼ばれた男は、両手首にはめられた繋がっていない電子枷を煩わしそうにちゃらちゃらと鳴らして、驚愕の色をさしている女の自分と似た顔を見つめた。
「まぁ、今でもこんな派手なことをする君なら、まだまだ元気だろうけれど―――」
「ロンドンに何しにきたのさ、臆病者」
 アハトの言葉を遮るようにして、女―――フィアは嘲笑を含ませた声で言う。無駄を感じさせない動作で腕を組むと、探るような視線でアハトの体を嘗め回す。そして奥のアグライアへと視線を移した。
「ふーん、今度はそのメスブタとデキてるわけ? かつての罪滅ぼしかい? それともただハッピーになるため?」
「君の口は相変わらずおしゃべりだな」
 電子枷を外すことを諦めたのか、無防備に腕をたらしたアハトは、懐かしむような響きを載せて呟いた。本来電子枷は機械人間の動きを封じるものであり、立つことすらままならぬはずなのだが、アハトの足はしっかりと立っていて、機械の合成声に微塵の震えも無い。
「なるほど、あの方≠フ言う通りか。まさかあんた、あたい達にたてつくつもり?」
「……」
 その言葉に背後のアグライアをちらりと盗み見たアハトは、電子枷を背後に向ける。そして無言かのように思わせて、小さく唇を動かした。
「外してください」
「え?」
 同じく小声で返してくれた相手の賢い頭脳を心で褒め称えつつ、アハト―――クレメントは今にも逃げようとしている囚人達に鋭い視線で牽制して、言葉を続ける。
「外してください、これ。じゃないと私はあの人に対抗できません。他の人たちも逃がしてしまいますよ」
「……」
 相手の表情は伺えないが、どうやら迷っているようだ。クレメントは黙ってフィアを見据えつつ、早くと急かすつもりで手首を近づける。このままでは「力」すら使えず、彼女に殲滅させられてしまう……
「……わかったわ」
 程なくして、アグライアの小さい呟きを聞き取れた。
 直後に聴覚センサーで感じるだろう電子枷の開錠音を期待して―――後悔した。何故か。……聞こえたのがチャキ、という金属音だったからだ。
「直ちに武器をして投降なさい、強硬派。貴方を器物損害、脱獄の手引きをした現行犯で逮捕するわ!」
「な……っ」
 腕を後ろに向けたままの格好のクレメントの隣に、勇ましくもS&WリヴォルバーМ19の銃口を襲撃者に向けた死刑宣告人(エクセキューショナー)≠ェ躍り出る。機械人間と敵対する人類の鏡ともいえるその姿だったが、現状ではこの状況を悪化させるだけに過ぎない。クレメントは慌ててアグライアをフィアの視線から隠すよう前に一歩出た。
「いけません、貴方じゃ到底敵わない! 早くこれを外して逃げてください!」
「敵わないですって? 馬鹿にしないで! これでも私は―――」
 アグライアも長身だが、それ以上に背の高い目の前の男の肩越しに、標的が見えないまま(・・・・・・)アグライアは照準を決める。
「射撃の腕は超一流なの」
 そう宣告するのと同時、発砲した―――標的の額に向けて。
「―――っ!?」
 少しの狂いも無く自らの額に飛んできた金属の死神は、機械人間の卓越された反射神経でなければ避けられることはほぼ不可能だったであろう。それでも側方に飛びずさったフィアの頬に赤い線を走らせた。
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