Novel

□第2幕*2部
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(……面白ぇ)
 自然、俯いていた顔が不敵な笑みを刻む。肉食獣を思わせるその顔を、二人が見ることが無かったのが幸いと言えよう。凶悪そのものを表した顔を瞬時に隠すと、コンラッドは口を開いた。
「わかってねぇこたねぇが……俺が興味を持ってんのは、お前さんだ」
「……僕にそのような趣味はありませんからね」
 真っ正直に勝負を挑んできた男を、フリードリヒはちらりとバックミラーで確認して、悪戯っぽく返す。それを聞いたコンラッドは、まるで予想していたかのようにクスクスと笑い出した。
「それは少し残念だな……まぁいい、フリードリヒ―――否、ここじゃフレデリックか。お前さんの名前……どう聞いてもドイツ系の名前だ。だが言葉の訛りはウェールズときた。アグライアのことを調べてるうち、お前さんの情報も少し手に入れたんだが、お前さんウェールズのモンゴメリー家の息子だって話じゃねぇか。俺達に偽名を使うたぁ、どういう了見だ?」
「……僕としたことが、かなり貴方を見くびってしまったようです」
 すみません、と悪意の無い笑みを含ませた謝罪を述べた後、フリードリヒの顔がきゅっと引き締まる。
「僕の名前はフレデリック・モンゴメリー……モンゴメリー家の御曹司。そう通っていますが、実際として僕はモンゴメリー家の実子ではなく、養子なのです」
「で、その前の名前が」
「フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ……おっしゃるとおり、ドイツ系の名前です」
「……」
 未だ解せない点もあったが、ただ座って車を走らせているだけの運転手の、穏やかな姿から放たれる妙な威圧感、それを感じ取り始めたコンラッドは、自分の髪を指で梳き、無言で肯定を示した。
 何にせよ、今この状態を悪化させるのは不味い。今こうしてこの男は自分たちが求める情報源に連れて行ってくれるというのに、それをみすみす棒に振るような愚行には走りたくない。もしこの男が自分たちに危害を加えようとしていて、応戦せねばならないときは、それらが終わってからした方が得策だろう。
「―――だが一つ言っておくぞ、ニーチェとやら」
 あれこれと策を練っていたコンラッドの耳を叩いた不意の低い声は、今まで静寂を守り通してきた同行者のものだった。相変わらず黒い傘を抱えたまま、ガートルードは鋭い碧眼を運転手に向ける。
「俺達に―――あの男に危害を加えようものならば……貴様とて容赦はせん。我が刃を向けられたくなくば、腹蔵の邪心を今すぐ消し改めるが良い」
「……邪心などとんでもない」
 主を護る忠実な執事というよりか、鎖の付けられた手負いの野獣のような姿にも、フリードリヒは慌てるなどしなかった。この男に慌てるという無様な姿はないのだろうか。クスクスと笑むような表情に、変わらずおっとりとしたような口調で言葉を締めくくる。
「僕には邪心なんてありませんよ。僕は貴方達に頼みがあるだけで」
「頼みだと?」
 若者の真剣な言葉に、美しい孤高の野獣が噛み付いた。傘を掴む手の力が微かに強まり、相手を見据える瞳が更に細まった。訝しげな声が牙のような伸び気味の犬歯の間から漏れる。
「何が言いたい、貴様は」
「……貴方達は、サイプレス≠ニいう団体をご存知ですか?」
「―――っ」
 息を呑む音が意外にも大きく響いた。それきり苦い思い出を回想しているのか再びだんまりを決め込んでしまった同行者を、労しげに一瞥してから、コンラッドは頷いた。だがそれだけでは運転中の相手に伝わらないので、言葉を付け足す。
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