Novel

□第2幕*2部
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 ペンを構え勝ち誇る笑みを浮かべたアグライアは、相手の真剣な顔から目を逸らし、殆ど項目が真っ白の書類に視線を落とす。一番最初の機体名の項目にペン先を乗せて、顔を合わせずに問うた。
「まず、あんたの機体名は?」
「……」
 美しすぎる表情が微かに悲しげに歪んだことに気付かないまま、死刑宣告人(エクセキューショナー)≠ヘ答えを待つ。
「私……私は―――」
 大馬鹿者(グレートスチュピッド)は何と言おうとしたのだろうか。
 それより何倍も大きな爆音が、クレメントの言葉をかき消した。


「本来なら、僕は貴方達を捕まえて何処かへ軟禁しなくてはいけないんですが……」
 二日連続で立て続けにおこったテロ行為の所為で、調査団体や医療関係者以外に人影は少なく辺りは閑散としていると言っても良いだろう。そんな車の少ない道路を、一台のパトカーが走っていた。その中に乗っている柔らかい金髪を持つ運転手は、後部座席に座る二人の男に話しかける。
「正直なところ僕はそんなことしたくないですし……貴方達にそんなことしたら、何だか返り討ちにあっちゃいそうですから」
「俺達ぁ、んな乱暴じゃねぇんだけど……」
 クスクスと笑いを含んだ声に返ってきたのは、少しばかり濁った苦笑だった。しかし次に発せられた声にはそんな響きは微塵にも含まれなかった。
「しかしだ、ミスター・ニーチェ」
「フリードリヒで構いませんよ、ミスタ・フレーバー」
 先程から一言も言葉を発しない無愛想な同行者に代わり、コンラッドは後部座席から身を乗り出す。どうやら目の前のこの男は自分達の事情を知りつつも、こうしてくれているらしい。なら少しはこちらも友好的になり、今後のためにも有利な立場を築くべきだろう。
 その思いを知ってか知らずか、フリードリヒ―――フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェは友好的な柔らかい笑みを、バックミラーに映した。しかし決して目は合わせない。
「なら俺もコンラッド……ま、クーノで良いぜ。……そいで、だ。フリードリヒ、お前さん俺達を何処へ連れて行ってる? この方向からして……タワーブリッジか?」
 隣の男が黒傘の柄に手をかけているのを確認しつつ、コンラッドは運転手に問い掛ける。その顔は先程までの楽しそうな笑みではなく、怜悧な表情を浮かべている。
「ええ、そうですね」
「何故そこへ俺達を案内する? 教えてくれよ(・・・・・・)」
「もう貴方ならおわかりになってるはずですよ、コンラッドさん」
「……」
 コンラッドは何かを言おうと口を開いたが、それを噤むと後部座席に寄りかかり押し黙った。腕を組んで黙り込んだ男に、ガートルードはちらりと視線をくれたが、それだけでまた前に視線を戻して同じように黙る。
(……実際理由がわかっていないわけじゃあない)
 深緑の瞳を鋭く細め、コンラッドは組んだ腕の先の指で肘を一定のリズムで叩き始める。彼が真剣に考えるときの、才能を発揮させた小さな頃からの癖だ。
 先程の問いはただの時間稼ぎといっても良い。相手をよりよく知るための誘導尋問でもある。
(こいつ……何者だ?)
 しかしこの金髪の男は自分の情報を垣間見せすらしなかった。自分の呪文(・・)にもこの男は対処し、サラリと流した。目を逸らされているとはいえ、初対面で自分の呪文にひっかからない者は、あのトラブルメーカー以来初めてだ。あのトラブルメーカーは天才の自分をも凌駕する力の持ち主だったからこそ、呪文が効かなかったのだが、この男は―――
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