Novel

□第2幕*2部
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 口々に喚き始めた囚人達をアグライアは冷たい言葉で一蹴すると、改めてクレメントに向き直る。そして空白だらけの書類を見せ付けた。
「これ、あんたの情報だけど、情報が足りなさ過ぎるわ。今日は昨日みたいなことをしないから、ちゃんと答えなさい。もし答えないというなら……昨日の何十倍も酷いことをして壊すわよ」
「……ふむ、それは困りましたね……」
 冷たく言い放つアグライアにも、クレメントは困った素振り一つみせずに、艶やかな唇を人差し指で撫で呟く。
「協力して差し上げたいのはやまやまなんですが、私にも色々と事情がありまして。プライベートなことはお話できないのですよ。真に申し訳ない……貴方のお望みなら何としてでも叶えて差し上げたいのですが、こればかりは叶えることは出来ません」
「……そう」
 慇懃―――と言うよりは慇懃無礼に断りを申し上げたクレメントに対し、アグライアは冷静だった。否、冷静すぎた。短く答えた言葉には感情というものが完全に欠如しているようにも思える。
「なら言っておくわ、今私の同僚が貴方の同行者二人を捕まえている。犯罪者に手を貸したのだから、待遇が良いだなんて思わないで。貴方が頑なに拒めば拒むほど―――二人の安否は保障できない、理解出来て?」
「なっ、そこまでやんのか! 人間派(ヒューマニー)!」
「てめぇらと同じ人間だろうが!」
 アグライアの顔に浮かんだ微かな笑み―――背筋が凍るような恐ろしさを含んだそれと同じような声が発した内容は、正義と名乗るには少々憎悪が含まれすぎたかもしれない。しかしそれに反発したのは表情を凍らせたクレメントではなく、他の囚人達だった。今まで言われた通り大人しく黙っていたが、あまりにも正義らしかぬ発言に黙っていられなくなったらしい。
「黙りなさい、強硬派。貴方達には聞いていないわ」
「うるせぇ! 人間派、てめぇら狂ってやがるぜ! 正義だの悪だのとほざきやがって! 本当の悪も見抜けねぇてめぇらが正義を語るんじゃねぇ!」
「そうだそうだ!」
 人間派(ヒューマニー)―――機械人間を嫌い、破壊しようとしている者達の機械人間だけの呼称を叫んでいる囚人達に対し、アグライアは微かに眉に皺を寄せた。こういう者達に熱くなっていても仕方がない。こういうときは冷静に対処すべきだ。
「私達は世界の条理に従った警察―――いわば正義の使者よ。人殺しに正義じゃないと言われる筋合いはないわ。それより私はこっちの男と話しているの。後で相手をしてあげるから黙っていなさい」
 それだけをピシャリと言い放ち、死刑宣告人(エクセキューショナー)≠ヘ俯き黙ったままの男を、鋭い視線で見つめる。
 クレメントは長い前髪で表情を隠していた。故意的なのか自然なのかわからないが、表情までもわからないという状態はあまり好ましくない。次に何を話せば良いのかわからなくなるからだ。
 強硬派相手には相手の少ない感情を正確に読み取る必要がある。相手の神経を無駄に逆撫でしては、戦闘力が低いこちらが不利になるからだ。より素早くより正確に相手を滅する手立てを作る。それがモットーだ。
「……あの二人には」
 不意に可聴領域ぎりぎりの小さな声が、クレメントの唇から漏れる。思わず訝しげに眉を動かしたアグライアの顔をじっと見つめたクレメントは、今度はしっかりとした声で言った。
「あの二人には……手を、出さないでください」
「……話す気になったのね」
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