Novel

□第1幕*3部
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 動かすたびにパリパリと何かがひび割れるような音をたせる指を、今度は怯えた顔を晒す女に向けて、男は静かに言った。
「私は申し上げました……無駄な抵抗をしなければ、心機能装置は壊したりなど致しません。大人しく投降なさってください」
 悪魔が契約を促しているのか。それとも天使が死刑宣告をしているのか。慈愛溢れる容貌から伝わるのは、自らの堕落のみだ。そんな男の姿に怯えに怯えきった女が、ついに投降をしようと、手を覆っていた短剣を機体内に戻し、恐る恐る両手をあげる―――だが、そんな女を誇り高き同属が許すはずも無かった。
「―――っ!」
 喉を反らし空を仰いだ女の口から、大量のどす黒いオイルが流れ始める。心機能装置が破壊され、中の循環が上手く出来なくなり、出口を求めたオイルが溢れ出たためだった。続いてゴン、と思い何かが床に横たわる不気味な音。
「……」
 しかし、それを見ていた男の顔は何一つ変わらなかった。相変わらず柔らかい紫紺の瞳で、口の中に仕込まれた短い矢を使い、仲間を破壊した金髪を見下ろしている。やっと痛みに慣れたのか、いつの間にか上体を起こしていた金髪はその男の顔を見て、意外そうに口笛を吹いた。
「ほぅ、怒りはしないんだな……」
「……何故、怒る必要があるのです?」
 まるで怒るという感情を知らぬと言いたげな、雨に濡れた顔で男は答える。その後ちらりと女の横たわったきりもう起き上がることの無い損害機体(スクラップ)を見たが、何事も無かったかのようにすぐ視線を金髪に戻した。
「俺は仲間を破壊したんだぜ? 同属として、許せない、と思わないのか?」
「貴方は許されて欲しくないのですか? ならば、私以外の誰かにお頼みするべきでしたね」
「そんなことは一言も言ってない。……同属を目の前で破壊されたことに関しちゃ、どう思う」
「……よろしいんではないですか?」
 慈愛溢れる男は、同属の死に対して人間のように何も頓着していないようだ―――頬に張り付く黒髪を、相変わらず何かがこびりついている指で払うと、そのまま金髪にとっては苛立つだけしかない言葉を続ける。
「貴方は貴方のすべきことをした―――それだけでしょう。私は、貴方を責める権利を持ち合わせていません。……ではそんな私を、貴方はどう思われますか?」
「よろしいんじゃねーの?」
 苛立ちをおさえからかうような金髪の声に、つい先刻までの怯えは微塵にも感じられなかった。
 大体先程のも少し油断をしただけだ。まさか見えない奇術でもあるまい。何がなんだか知らないが、所詮人間に手を貸すブタに、誇り高い機械人間である自分が負けるはずがない!
「それより決着をつけようぜ! ブタ!」
 ―――もしこの時、金髪が女の破壊最前に知った探索結果を共に見ていたなら、こんな浅はかな行動はとらなかったはずだ。
 金髪は口の中にもう一本放電用の矢を用意すると、両腕のない機体のバランスをとりつつ、男に狙いを定めた。矢のスピードはあの破壊した女すら見切れない。否、同属でも見切れる者は少ないだろう。そんな矢を家畜が避けられる可能性など万に一つもない。しかも放電というのは、強化ゴムの筋肉には効果はないが、心機能装置などには大ダメージを与えることが出来る。ボディを壊さず且つ性格に相手を仕留める。これで家畜如きなど簡単に駆除出来よう―――
 だが、金髪の行動は、再び両翼が白色に光る前に行われることはかなわなかった。
「遅いですよ」
 男の気だるげな声を確認した時には、目の前に黒い闇が揺れていた。これは地獄だろうか―――死にはしないはずの機体を司るメインルーチンが、一瞬だけそんな愚かな答えをはじき出した。
「―――ぁ……」
 次に気付いたのは、心機能装置の丁度上を位置した人工皮膚の場所を男の手が覆い、そこから白い何かが這うように広がっているということだった。そしてそれは確実に心機能装置を蝕み始めている。のに、もはや痛みすら感じられない。ただ機体の奥底から冷えていく感触がゆっくりと機体を侵食している―――そんな陳腐な表現しか出来なかった。
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