Novel

□第1幕*3部
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「な、何なんだよ……っこれは!」
 男は唇を動かしていないはずなのに、確かに何百人もの人間が同時に呟いたような声は脳内を揺さぶるように響いた。
勝気な女の怯えた声で、金髪の意識は遠いところから現実に戻される。しかしその後これほど後悔したことはない―――出来れば戻して欲しくは無かった、と。思わずサーベルを持つ手がカタカタと音をたて震え始める。それは機械人間の中に埋め込まれている微かな人間の残骸が、その姿に恐れたのかもしれない。
 降りしきる雨の中にいたのは一人の男だった。
 顎まで伸びた前髪の下中性的な顔と紫紺の瞳がこちらを見つめている。後ろで長い黒髪を靡かせ、相変わらず滑稽な組み合わせの服を着ている。それはたった今までそこにいた男と共通するものだ―――背中に生えた金属の板を除けば。
「ぁ……っ」
 それだけしか変わらないというのに、この全てを跪けそうな程の威圧感は何だ…!?
 尻餅をつきそうになる自分をおさえ、笑い始めた膝に力を込めた。だがそれも上手く出来ずに、妙な体勢で強がるという不恰好な形に終わる。しかしそんなことにかまってはいられなかった。隣では女が先程の戦意は何処へやら、自分以上に震え、我が身を抱きしめている。肌に触れる空気が刃物のように鋭く冷たい。
 男の背中に生えた合計十二枚の金属の両翼―――あれが異質のモノだった。微かに動くたび、金属同士が重なり嫌な音を立てる。それからは不気味なコードが顔を出していたり、本物らしい羽毛が金属羽の先についていたりと、美しいと形容するには無理があったが、しかしまるで天使になりかけの堕天使のような姿でもある。
 何故悪魔に見えないのだろう―――金髪は自問して、すぐに理解することになる。
 あまりにもこちらを見つめる紫紺の瞳が優しすぎるからだ。まるで全ての罪を赦す様な慈愛を含む寛容な瞳。それを誰が悪魔と例えられようか……
「……私の姿は、恐いですか……?」
 だが異質の存在に恐怖は拭えなかった。男の問いに、二人共素直に何度も頷いてしまう。
 それに男は何を思ったのか、薄桃の唇で曖昧な柔らかい笑みを浮かべる。
「そうですか……すみません、私はこう(・・)なると……あまり力の加減が出来ません故、先にお詫び申し上げます」
 悲しそうに目を伏せ言う男に、二人は何も答えられなかった。先程まであんなに強がっていたのに、今では形勢逆転―――家畜に身分を落とした男に抗えない恐怖を持たされている。
「まず私は、心機能装置は破壊いたしません。それだけはお約束いたしましょう……貴方達が無駄な抵抗をしなければ」
「……何、だと……?」
 この男は正気か?
 怯えを大量に含んだ女の強化プラスチックの瞳の中、訝しげに小さく何かが光る。思わず喘ぎ混じりの声が溢れてしまった。何者も赦す、だが恐怖は与えるという姿になって、我々を破壊しない……何が目的だ?
「私が求めているのは、制御(マスター)チップです……それを壊せば、私はもう貴方達に用はありません。後は我が道に入らぬようお気をつけいただければ、もう二度と敵対は致しませんでしょう」
 この男が言う制御(マスター)チップ―――それは機械人間の心機能装置の外側に張り付いた小さな一センチ四方のチップのことだ。だが同時に深い意味を持たないチップでもある。何のために存在するのか、何の効果をもたらすのか、というのは機械人間の自分でもわかっていないのが事実だ。それを壊してこの男に何の利益があるのだろうか……?
 しかし主人の意志とは関係なく検索用片眼鏡(サーチモードグラス)は先程からキュインキュインと五月蝿く何かを探索しているようだった。だが女には結果が出るまでそれが知らされることはない。自分自身で考えなくてはいけない。いつもならすでに答えがはじき出されているはずなのに。どうやら調子がおかしいようだ。帰ったらメンテナンスをしなければ―――無事に帰れるのかもしれないのだから!
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