Novel

□第1幕*3部
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 風貌にそぐわぬ笑い声に一瞬怯んだ女は、感情のままに叫んだ。実際理解しかねる。味方でないというのなら何故機械人間の憎むべき宿敵である人類なんぞに手を貸すのか……
「あんたおかしーんじゃないのか!?」
「―――時間切れです」
 半ば狂乱気味に続けて叫んだ女の言葉は、後頭部に手をかけたクレメントにより完全に無視された。
「私は申し上げたはずです……一分だけ、時間を差し上げます、と。時間切れです……非常に残念だ……投降すれば、まだ助けて差し上げられたのに……」
「……何だと?」
 悲しげにそう言ったクレメントに、今まで静寂を守っていた金髪が不思議そうに口を開く。助けて差し上げられた―――つまりこの男は、我らと敵対するということか? 最高の技術で作り上げられたこの世界で最高の権威と、こいつは戦うと言っているのだろうか?
「……面白い、受けてたとうじゃないか……卑しいブタの身分に身を落とした同属めが!」
 戦意を露にしている女から体を離すと、金髪は腰に下げていたサーベルを抜いた。ここまできて人間(かちく)の手助けをするような同属に壊されたとあれば、機械人形の恥である。そしてそんな不埒で弱小な輩は世界から取り除くべきだ。誇り高き精神を持つ金髪は、サーベルを構えつつ、機体から人間でいう殺気を醸し出す。
 しかし、弱小な輩は恐怖のない哀れむような声で、再び言葉を紡いだ。
「……本当に、残念です」
「―――っ」
 まだ言うかこの男は。
 罵倒を浴びせかけようとした金髪の口は、最初の音の形で固まった。代わりに息を呑む音が意外にも大きく響いた。
クレメントが後頭部についていたパレットを、妙な機械音をさせて外したのだ。キュイーンと耳を塞ぎたくなるような音が響き、そして消えた。支えの無くなった長い黒髪は重力によって、背に沿うようにふわりと流れ落ちる。そしていつの間にか閉じられていた瞳が、再度ゆっくり開かれ始めた。
 それだけなら改造され人間より何倍も強い力を得ている機械人間の、恐れを煽ることは無かったはずだ―――だが確実に今、世界一の技術で作られた金髪と、隣で構えていた女もこの姿に驚愕交じりの恐れをその顔に表していた。
 何故だ。何が恐いのだ。
 それは神により特別に造られたとしか言いようのない美貌の所為だったのかもしれない。
 それは再び長い睫毛の間で垣間見えた紫紺の瞳が強く冷たい光を帯びていた所為だったのかもしれない。
 あるいは―――
「出でし翼は我が罪の刻印……されど我が罪災厄の箱(パンドラ)の番人ゼウスによりて消え失せし。氷の破壊神(ヌル・アハト)#ュ動開始(ボックスオープン)」
 ―――開けてはならない何かが、何かから溢れたという事実を本能で感じ取ったからだろうか。
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