Novel

□第1幕*2部
5ページ/6ページ

 そう言いながら、クレメントの紫紺の瞳がすっと細まる。その先にいたのは、離れたところで後ろから追い上げてきた車内から、同じく拳銃―――それもライフルを構えこちらを狙っている強硬派だった。
「先程のテロは事前から計画されていたことでしょう。多分あの食料輸送車が仲間の車だったんじゃないでしょうか。確かに危ない橋だったけれど、多分運転手は第三期機械人間(ドリットドロイド)ですかね……それなら機体(ボディ)が様々に強化されてますから、心機能装置が壊れないよう措置すれば、運転手も絶対大丈夫です」
「てっ敵が大丈夫じゃ意味ないでしょう!? それより答えて、何で私たちが狙われてるのよ!」
 サイドミラーを一瞥し、ライフルで狙われていることに気付いたアグライアは半ば悲鳴のような声を上げる。数秒前まではこの男を信じても良いような気になっていたが、前言撤回である。今までの生活の中で度々命の危機を感じたことはあったが、こうまで理不尽な命の危機は出来れば御免被りたいものだ。
「……私のせいかもしれません。否、絶対そうでしょうね」
「え?」
 相手の自嘲のような苦笑のような、苦しげである声を聞きふとそちらを一瞥してしまった。だが相変わらずクレメントの顔は見えない。
 私のせい―――つまりこの男を狙っている、何故?
 どうして仲間同士で殺し合いを……?
 その言葉を続いて言おうとしたのだが、すぐに口を噤む。これではこの機械人間を哀れみ、同情し、心配しているようなものではないか。大体、仲間割れは一向に構わないが、どうでもいい理由で人間に被害を及ばすようなことはしないでほしい。
 自分の機械人間に対する微かな哀れみを押し込めて、アグライアはキッと強い目を前方に向けなおした。
 クレメントはそれを鋭い雰囲気だけで確認すると、照準を車のタイヤに合わせる。壊す真似だけはしたくない。それに例え銃とはいえ、こんなものじゃ鋭利な刃物か何かが加えられない限り機械人間の強度及び弾力性を複雑なまでに高めたシリコンの人工皮膚と強化ゴムは突き通せない。ただ相手の車の動きだけを止めればその後は自分が―――
「……ッぃ!」
 この時彼が条件反射の素早い機械人間でなく、唯の生身の人間だったならば、その頭は無くなり、遠くで肉の塊になっていただろう。反射的に首をすくめたクレメントの頭上をライフルの銃弾が数発飛んでいった。どうやらフル・オートマティックらしい。威力がある上に厄介だ。
「……負けない」
 だがクレメントは諦めなかった。ここで負けるわけにはいかないんだ―――頭の中で、自分の瞳と同じ紫紺の長い髪を揺らす女性を懐かしくまた悲しく思い浮かべ、クレメントはキッと目の力を強くする。そして引き金に指をかけ、容赦なく引いた。ダブルアクションのためこれはこの動作だけで銃弾が無慈悲に発射される。
「―――っ」
 機械人間単品ならば逃げることも可能だっただろうが、今は大きな鉄の塊に乗っているのだ。タイヤに銃弾を当てられ、ぐらりと車体が揺らいだ。
「……」
 クレメントはそれを見逃さず、立て続けに前輪、後輪と狙っていく。直後パンとタイヤが破裂するような小さな音が聞こえた。決してクレメントの命中率は百ではなかったが、相手を足止めし、こちらに銃弾を当てさせないための妨害としては十分だった。
「リヴォルバーは装填が面倒ですね……」
 六発を撃ち終わってから、クレメントは助手席にするりと戻る。もうあれでは走れないだろう。今のうちに射程距離圏内からまずアグライアを逃がさなければ……
「……おや?」
クレメントの瞳が、自分の前に置かれた新たな薬莢にうつった。そしてすぐにアグライアがそっぽを向いたまま黙って銃弾を渡してきたということに気づき、微かにクスリと笑うと、「ありがとうございます」と言ってシリンダーの中に埋め込んだ。直後美しくも真剣な顔をアグライアに向ける。
「聞いてください、レディ・アグライア。あの人たちは私が何とかいたしますから、貴方は逃げてください」
「な、何言ってんのよ!」
 一瞬だけちらりとこちらを見たアグライアは声を荒げつつも、クレメントの顔が真剣だということに戸惑いを感じていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ