Novel

□第1幕*2部
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「……何のおつもりで、レディ・アグライア?」
「その銃をこちらに渡し、投降なさい、強硬派!」
 隠し持っていたサバイバルナイフで背中から相手の心臓の位置を捉え、アグライアはドスの効いたアルトで叫ぶ。しかし相手の様子は少しばかり焦っているように見えたが、それは多分背後のナイフのせいではないだろう。そう思うと、自分の非力さが憎たらしくなり、ナイフを持つ手に力を込めた。
 この男に今の状況に関する罪は無い。それは今テロを起こしている強硬派とこの男に仲間関係は見当たらないことが明らかにしている。だがこの男もドロイドならば、すぐにまた同じようなテロ事件を起こすに決まっている。人間と対立するに決まっている。強硬派などこの世に存在してはいけない者の集まりなのだ―――なら、正義の身である自分が排除しなければいけない!
「あんた達の弱点はここでしょ、人間の心臓と同じ心機能装置! そこをこれで刺したらいくらドロイドだって勝てないわ! 早く投降なさい!」
「……」
 ドロイドと人間の違いの一つとして、驚異的な持久力が挙げられる。人間とほぼ変わらない人工皮膚や、中のフェノール樹脂で覆われた強化ゴムで出来ている人口筋肉などは小型拳銃では貫けないほど強度は高い。またそれら全てを動かしている心機能装置か、生体部品である脳が壊れない限り、彼らが生命維持活動を停止することは無い。ならば抵抗されないよう、心機能装置を素早く壊せるような体勢をとるべきである。
 研修で教わったやり方を確実に進めたアグライアは、前方に気をつけつつも、強硬派の出方を伺う。
 時間として数秒の空白が過ぎる。
「……わかりました。いいですよ、私を捕まえても」
 暫くして諦めたような声色で、クレメントは答えた。
「なら早く拳銃を寄越しなさい!」
「それは出来ない相談ですね」
「さもないと殺すわ! 本気よ!」
「……私は部品が壊れてしまうだけです」
 何処か悲しげに、機械人間(ドロイド)はそう呟く。機械人間とは本来人間のように溢れるように豊かな感情を上手く出せないと研修で習ったはずなのだが、アグライアはそんなこと気にもとめない。ぐっと背中にナイフを押し付け、鋭い警告を発した。
「早く渡しなさい!」
「ですが、貴方達人間は……いつかは死にます。私達は部品を交換すればまたすぐに活動できます。けれど貴方達の命はたった一つだけ……死に急ぐこともない」
「…っな、何が言いたい!」
 まるで詩人が歌うような調子で喋り続けるクレメントに、わずか怯みを見せたアグライアだったが、すぐに気を持ち直すと、苛立たしさに声を荒げる。
「私を捕まえても構いません。ですが、捕まえる人が死んでは意味が無いでしょう? こうしませんか、レディ・アグライア? 私があいつらを捕まえる協力しますから、無事に逃げられたら私を捕まえる―――どうです、貴女にとって良い条件では御座いませんか?」
「……」
 この男は自分の命が惜しくないのだろうか―――あまりに淡々と自分の破壊の宣告を果たした相手に、アグライアは薄ら寒いものを感じた。確かに自分にとってのデメリットといえばこの男と、機械人間と組まなければならないという耐え難き屈辱だけだ。しかし、機械人間を捕らえ、またこんなテロ行為を行った強硬派も捕らえられるという手柄に比べれば、ほとほと我慢が出来ないわけでもない。だが果たしてこの男を簡単に信用しても良いのだろうか……?
「―――悩んでいるところを申し訳ありませんが、スピードを緩めていただけますか?」
 そんな思考を遮った機械人間は拳銃―――S&WリヴォルバーМ19の銃口を、地面と水平に構えていた。
「ああ、それと悩んでいる暇は無い、と先に告げておきますよ。レディ・アグライア」
 クレメントの言葉が真実であることは、アグライアが一番知っている。構えていたナイフが、そろそろと降りた。このまま刺せば本来ゴムである人工筋肉を貫けるだろう。しかし今ここでこの男を殺すのはどうしても得とは思えなかった。納得しがたいことだが自分よりも強い機械人間に、人類の命を託さなければ沢山の尊い命は理不尽なテロ行為で消えてしまうだろう。
「……わかったわよ。だけどアンタ、逃げないでよね」
 アグライアはぽつりと呟くと、運転に専念し始めた。この男が間違っていなければ―――とそこで信じてしまう自分が一番信じられないが―――狙われてるのは自分達である。ならばまずは人ごみから抜けなくてはいけない。そんな婦警の様子がどう思えたのか、一瞬目を見張ったクレメントだったがすぐに柔らかい笑みを白すぎる顔に浮かべる。
「私の美学に約束を破るという項目は御座いませんからその点につきましてはご安心を」
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