Novel

□第1幕*2部
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 シニョリーナ―――キャディラックの屋根を開きつつ、コンラッドはにやりと笑った。天才と同じくそれを予想していたのか、ガートルードはさほど驚きもせず、同じように口元を不適に歪める。
 コンラッドの確実な運転技術で火の中から慎重に、だが素早く抜けきると、シニョリーナは随分先に行ってしまったパトカーを猛スピードで追いかけ始めた。車を捨て逃げた人々のおかげで障害物競走になりつつある道路を、本来ならばスピード違反で再び捕らえられる程の速さで走るシニョリーナは、逃げ惑う人々は火が起こした真っ赤な風としか思えなかっただろう。
「しかし、思ったより早く見つかったものだな……」
「待った、確信なんぞしてねぇぜ、俺は。可能性の話だ……まぁ―――」
「シックスナインズ、のだろう?」
「……まーな」
 ほぼ百パーセントに近い確立で相手を捕らえたことに、フッと目を閉じ薄く笑う美貌をちらりと一瞥して、台詞をとられたことに少し拗ねつつも、自信ありふれた狂犬のような顔を前方に戻す。
「奴の話じゃあれ≠ヘ近ければ近いほど、アンドロイドたちに影響を及ぼすらしいからな。問題は奴がそれに近づいて影響されないかだ、秘策はあるらしいが……それに知ってるか」
「何をだ」
 アンドロイド、という言葉に微かに憎悪の色を見せた表情を一瞬でかき消し、ガートルードはやっとコンラッドに顔を向けた。
「人間、デカイもんはデカ過ぎて、見てるが見ねぇふり関わらねぇふりってのは結構あるんだぜ。可愛い我が身が心配なんだろうよ? ましてや事情を知ってんのはおれたちぐれぇときた。じゃああれ≠どうこうできんのは誰だ?」
「…………あやつと関わったのが俺達の運のつきということか」
 事情を知らぬ者にはわからない会話を締めくくったのは、暫くした後のガートルードの溜息交じりの言葉だった。それにコンラッドは珍しく苦笑すると、開いた窓から外を伺うように身を乗り出し、胸ポケットから煙草を取り出し咥え、火をつける。
「ま、俺は生きる世界がありゃそれでいい。あ、あとイイ女と男、寝れるベッド」
「……貴様はやはりそちらの趣味があるのか?」
「可愛い男もまあ歓迎してやるよ。どうだガートルード? お前も結構―――」
「選べ。斬殺、射殺、呪殺、どれが良い」
「おーこわっ」
 美貌の怒りが頂点に達しかけているのを、ケラケラと笑って適当に流したコンラッドは、楽しそうに歪めた口元から、雨の降り続ける鼠色の空に向け紫煙を吐き出した。


「ちょ、何をするの!」
 パリンッと勢い良く後部窓が割れた音にビクリと肩を震わせたが、それでも相変わらず前を見たままの度胸を備えたアグライアは、助手席から外に身を乗り出す同行者に向け、心底理解できないと言葉をかける。
「とにかく走り続けてください。私達、狙われていますから」
「……え?」
「あ、これお借りしますよ」
 不穏な言葉を聞きアグライアが思わず聞き返してしまった時には、すでに用意していた拳銃は目にも止まらぬ速さでクレメントに奪われていた。しかしそれは本物で、偽物はしっかりと自分の膝の上に乗っている。邪魔なそれを膝をもぞもぞと動かすことで落としつつ、アグライアは疑問を黒髪の美貌へとぶつけた。
「ね、狙われてるって誰に!」
「アンドロイド……貴方達で言う強硬派(ドロイダー)です」
「え…!?」
 相手の言葉に、自分の命の危うさの感知よりも早く、酷い嫌悪感が胸中を渦巻いた。
 アンドロイド―――新地大革命(ブラッディ・レボリューション)と呼ばれる革命から忌み嫌われ続けている存在だ。先代の狂信者達から生まれた、機械人間。人口増加による問題を解決するためと銘打ち、無理矢理人間をドロイドにして、また人殺しの殺戮人形をも作り出した行動は常軌を逸している。理不尽な理由で殺されないため、奴らと太刀打ちすべく人間は立ち上がり、長い間争いを続けていたのだが、狂信者共が死に失せて人間の勝利が決まってからもドロイド達は、こうして度々テロや殺人事件を起こす。そんな奴らを人間は恨みと憎しみを込め強硬派(ドロイダー)と呼ぶのであった―――
「何で私達を狙うのよ!?」
「じゃあ貴方は私達以外の誰かが狙われ亡くなってもよろしいので?」
「そ、そんなこと言ってない! ただ理由が―――」
 聞きたいだけ、という言葉が口から出なかった。それよりも早く、別の方向に働いていた頭が、とある違和感を覚え、先程この男が言った言葉を脳内で復唱していたからだ。
 貴方達で言う強硬派(ドロイダー)です―――
 つまり、それは自分ではそう呼んでいないということ。アグライアの知る限り、それに当てはまる人物は―――自分自身が強硬派だという奴らだ。
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