Novel

□第1幕*2部
2ページ/6ページ

「……危ない!」
 この時、後ろから痩身が身を乗り出しハンドルを支えなければ、このまま大きなビルに突っ込むところだったろう。放心状態にあったアグライアが我に返ったときは、ハンドルを握るクレメントの真剣な横顔が視界にうつる。
「俺はシニョリーナを迎えにいくぞ! 来いガートルード!」
「承知」
「御武運を祈りますよ、お二方!」
 未だ車は走行を続けているというのに、クレメントの言葉を背に、構わず残りの二人は窓から飛び出した。そしてそのスピードに負け三回ほど地面で前回って、そのまま受身を取り体勢を整えると同時に走り出す。向かう先は、炎に包まれているレッカー車だ。
「あ、危ないわ!」
「良いから貴方は前を見て運転をしてください! ドリフト駐車はもうごめんです!」
 今度はしっかりとハンドルを握り、だが目線をバックミラー越しに後ろの人物へやっているアグライアに一喝すると、身を乗り出した体勢からクレメントは助手席に滑り込む。
「あの二人なら大丈夫です、レディ・アグライア。それより私達は私達の身を守るべきではございませんか?」
「だ、だけど……っ」
 声を震わせるアグライアが気になっているのは、その二人だけのことではなかった。
 周りに広がっている火の海が、食糧を輸送していた運転手だけではなく、その周りを走っていた人々の命を奪い、今にも奪おうとしているのは容易に想像がつく。自分は警察官なのだ、自分の命を捨てでも人民の命を救うのは当たり前―――
「……まさか、感づかれたか」
 しかし正義感溢れる思考をかき消したのは、クレメントの小さな声だった。
「ちょ、何をするの!?」
「お願いします、早く走って!」
 何処か切羽詰ったようなクレメントの声が爆音で痺れていたアグライアの鼓膜を叩く。そのままシートベルトを足にきつく巻き、全開に広げた窓から痩身を乗り出したクレメントに、アグライアはまだ何かを言おうと口を開きかけたが、後部席の窓が割れた衝撃に、それは掻き消された。

「っひゃー、シニョリーナ、無事か?」
 爆発の際に破裂したらしい備え付けの消火用スプリンクラーから水を浴びたコンラッドは、炎の合間を縫うようにして愛車まで近づく。その後ろを警戒しながら同じように濡れ鼠になっているガートルードが続いた。
(……ん?)
 そこでコンラッドは思わず立ち止まり、自らの鼻腔をひくつかせる。何やら匂うのだ。良く嗅いだことのあるこのどこか美味しそうな匂いは、果たして何だったろうか…?
「急げ、コンラッド」
 だがその思考を中断させたのは、立ち止まった同行者を急かすようなガートルードの声だった。
(……後で考えりゃ、いっか)
 もともと面倒くさがりやのコンラッドは、その思考を後回しにし、再び歩を進めた。
 雨の中でも一向に消えることの無い炎の中のレッカー車にたどり着くと、それに繋がれた真っ赤なオープンカーをまるで愛娘を愛でるように撫で、レッカー車と繋いでる接続部品を外す。レッカー車の運転手はすでに避難をしたらしい。空っぽの運転席を確認してから、コンラッドはアグライアに奪われなかった合鍵を取り出し、辺りを忙しなく見回るガートルードに咆哮のような大声をかけた。
「誘爆を招く前に早く出ちまおう。乗れやガートルード!」
「ああ……」
 するりと猫のような動きで運転席に滑り込むと同時、エンジンをかけたコンラッドの言葉に、何処か後ろ髪引かれるような声で返したガートルードは、油断なく神経を張り巡らせつつ助手席についた。
「何だ、どうした?」
「……昨日のテロ、本日の爆発。貴様は―――ロスの碩学≠ニ呼ばれた天才は、これらをどう思う? 是非とも話を聞かせて欲しい」
「お前は人をおだてるのがうめぇなぁ……」
 ロスの碩学=\――ロス大学でずば抜けた才能を発揮し、博士号をいくつもとっているコンラッドは、同行者の言葉にほろ苦く笑うと、今まで楽しげだった瞳を鋭く光らせバックを開始する。
「今まで散々あンの悪魔のせいであぶねー目にあってきたが、それは全部トラブルメーカーが処構わずトラブルを作って俺たちが巻き込まれた事件だ……しかし今回ばかりは違う気がすんだ、おれぁよ」
「……というと?」
「ビンゴ、っつーこと」
「ほぅ、本命登場か」
「その通り(ザッツ・シュア)」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ