Novel

□第2幕*5部
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「ま、外でいちゃついてるあいつ等はおいとくとしてだ」
 割れた窓から見える二人の人影を揶揄するように眺めていたコンラッドは、足を組みなおし前のソファに腰掛ける二人に視線を移す。すっかり我が家気分のコンラッドとは違い、慣れているはずのこの家に神妙な面持ちなアグライアとフリードリヒは、その言葉に思わず外に視線をやりかけるが、すぐにコンラッドに視線を戻した。
「先に話を進めるぞ」
「ねえ、クーノ。まず私から良いかしら」
 思わず授業が始まるような雰囲気に挙手したアグライアを、教師のように珍しく片眼鏡をかけたコンラッドは「はいアグライアちゃん」と指名した。すると警官制服を纏う身を乗り出してアグライアは喋りだす。
「“サイプレス”って何なの?」
「それについては僕が答えよう」
 婦警の問いに軽く手を上げながら、隣に座っていた今一人の警官が同じように身を乗り出した。フリードリヒは膝に腕を乗せて指を組むと、その上に顎を乗せてから語りだす。
「“サイプレス”は僕が長年探してきたものだ」
「え? じゃあ物なの?」
「集団名だ」
 先程から機械音を吐き出している片眼鏡の画面を真剣に見やりながらも、“ロスの碩学”は話に割り込んだ。もしこの場に大学などの関係者がいたら、すぐさまコンラッドを教授として勧誘したであろう。
 コンラッドのしている片眼鏡―――正しく言えば検索用片眼鏡(サーチモードグラス)は新地大革命(ブラッディ)以前に本来なら機械人間用に作られた、通常の人間がつければ間違いなく最低でも人生の半分を、ベッドで暮らすことを余儀なくされてしまうものだ。理由はその高性能さにある。検索用片眼鏡(サーチモードグラス)は機械人間の機種を見分けたりするだけでなく、その物質の内面を分析し、答えをはじき出してくれる。しかし、それは画面に現れるだけではなくつけている者の脳によりイメージが沸くようにと、情報を信号化した電波を絶えず送り続けるのだ。それ用に作られた機械人間ならまだしも人間、ましてや対機械人間用に開発された薬品で戦闘能力を得る鋼鉄人間(ガンメタル)ではない通常人間(ノーマル)が、検索用片眼鏡(サーチモードグラス)をつけて冷静な状態を保てるのは尋常ではない、もはや神業の域である。通常ならばあまりの情報の多さに脳が痴呆症になったり、神経を狂わされて四肢が動かなくなったりとするものなのだ。それ故に人間が検索用片眼鏡(サーチモードグラス)を扱うのは近年稀に見ることである―――そしてそれが意味することは、その者の脳が異常なほどに働く天才であるということだ。
「集団名って、何の?」
「強硬派のだよ、アグライア」
「何ですって?」
 同僚の言葉に思わず“死刑宣告人(エクセキューショナー)”は顔を顰める。膝の上に置いた掌をぎゅっと握り締めて、言葉を続けた。
「それは本当なの?」
「そうなんだ」
「どうしてそれを教えてくれなかったの?」
 今までそんな名前聞いたことも無かった―――そんな目で見上げてくるアグライアに、フリードリヒは気まずげに顔を逸らす。それには彼なりの事情があったのだろう。いくら死刑宣告人(エクセキューショナー)≠ニいう忌名を持つアグライアとはいえ、その名を剥がせば小娘同然。危険度も高い。なら口封じ目当てで被害を受けたとしてもそれは自分だけ、と被害は最小限にとどめたかったに違いない。
(……ま、これじゃ仕方ねぇな)
 検索用片眼鏡を覗き込んだ深緑の瞳が悪戯っぽい光を宿して、すぐに消えた。相変わらず韋駄天のように文字の羅列が小さいモニターを滑っていく、という表現が正しい画面を隙無く見ていたコンラッドは、「まぁまぁ」と声をかけ、同僚を心配しているというより置いてけぼりにされ拗ねた子供のようにフリードリヒを見上げるアグライアを宥めた。
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