Novel

□第2幕*3部
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「……!」
 視界を覆った眩しい閃光で、一瞬アグライアの視力が奪われる。それでも被害は少ない方だ。目の前の美貌溢れる若者の姿をした機械人間が自分の前にいて、光を塞いでくれたからだろう。
 そして次第に回復していく視界が次に捉えたのは、大きな穴の開いた壁の向こうにいる痩身だった。
「はン、何であたいがこんなとこに来なくちゃいけないんだ……」
「なっ……!」
 その痩身―――どうやら女性らしい―――から漏れた声は、心底苛立っているようだった。逆光でよくわからないが、握りつぶせそうなほど細い首の上に乗っている中性的な小顔が顰められているようにもとれる。高い位置で一つに括られている黒髪を、爆風に晒しているその女は、長身でありながら何処か少女めいた口調で、愚痴を零す。
「兄様やあの方のご命令とあっちゃ仕方ないけどさ、あたいってば本当かわいそ……おい、そこの愚図共」
 乗っている瓦礫を足で崩しつつ、女は囚人達を見下ろして、くいっと親指で穴の開いた先の外を示す。
「逃げるんなら今のうち逃げな。ハッピーは無駄にするもんじゃないよ」
「お、前は……?」
 傷だらけの顔を訝しげに歪めて、唖然としている囚人達を代表した巨漢は、冷酷ともとれそうなほどに冷え切った女の栗色の瞳を見つめ返した。いきなりのことに、この女が味方か敵か、同属か人間派かすら判別出来ていない。そんな様子に女は大人びた顔に悪戯っぽい笑みを浮かべ、ちろりと赤い舌で唇を舐める。
「あたい? あたいは機械人間。あんた達の味方さ……我がサイプレス≠ヘあんた達みたいな、人間と戦う勇者達を大歓迎するんでね」
「……サイプレス?」
 聞きなれない単語をオウム返ししたのは巨漢ではなく、ホルスターに手を伸ばしかけていたアグライアだった。
「おや……? メスブタが一匹いたとはね……しかも、我らがサイプレス≠知らないとは」
 初めて気がつきました、とばかりに嘲笑するような形に唇を歪めた女は、自らの腰に手を当て、気丈にも睨みつけてくるアグライアを楽しそうに見下ろした。そこで、彼女を遮るように座っている黒髪の男に気付く。正直存在が薄すぎて気付きやしなかった。大人びた顔に何処か呆れた色を浮かべて、逃げようとしている囚人達を顎でしゃくる。
「ン? そこにいんのは誰だい? 機械人間なんだろ、こいつらと早く逃げな」
「……」
 黒髪の男は無言のまま、物音を立てず優雅に立ち上がる。パレットから漏れた黒髪が、ゆらりと揺れた―――たったそれだけの動作で、この場の空気が氷点下まで下がったかのように冷たく、鋭利なものに変わった。
「……っ!?」
 思わず腰に吊るしていた装飾の派手な短剣に手を伸ばした女は、宝石の散らばる柄に指を這わせつつ、その男を見据えた。誰だか知らないが、もしや敵対しようとしているのではなかろうか。ならば命令(・・)どおり破壊すべし。
 素早く短剣を抜いて、ゆったりとした動作で振り向き始めた男に合わせ、体の正面に構える。そして……
「っあ、あんた……まさか!」
 神が特別にお作りになったと言わんばかりの美貌に、疲れた翳りを載せたまま振り向いた男―――クレメント・ルソーのそれを見た女は、愕然としてその名を叫んだ。
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