Novel

□第1幕*3部
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 次第に強くなっていた雨の音だけが周りに響いていた。しかし雨に濡れるのも構わず、少しばかり滑稽な格好をした美しい男だけがゆっくりとした足取りで歩いている。それは傘を持っていないという理由もあるだろうが、雨などという小さなものには気をとられない―――そんな高貴な雰囲気を纏う姿は、何かを探すような視線を辺りに送っていた。
「……おや、お出ましですね」
 皆が車を乗り捨てたため、滅多に車が走らない広い道路に一人、美しい男―――クレメントは、向けられたライフルの銃口を見て呟く。人っこ一人いなくなった道路へいきなり脇路地から現れた男女二人にも恐れをなしていないようだ。実質恐れもない平板な声で彼は警告を飛ばした。
「一応警告いたします。一分だけ時間を差し上げますからその間に武装解除し、投降してください。それなら貴方達を破壊するだなんてことはいたしません。約束しましょう」
「……貴様、やはり同属だな?」
 しかしせっかくのクレメントの警告を無視したのは、金髪を短く刈り上げた長身の男だった。トリガーに指をかけ、プラスチックで出来た瞳を鋭くクレメントに向ける。
「同属とは、どのような意味でして?」
「貴様も機械人間だろう、何故人間を助けおれたちの邪魔をする?」
「ああ……確かに私機械人間ですよ。良くお分かりになりましたね?」
「馬鹿にするな、俺たちのセンサーが人間と機械人間(どうぞく)を分けられない訳無いだろう」
「……そうでした」
 ゆっくりと腕を組み気だるげに答えたクレメントは、重い溜息をついた。この様子だと、大人しく投降してくれるつもりではないらしい。当たり前と言っては当たり前なのだが、出来れば物騒なことをしたくはない。
 だがそんなクレメントの思いを感じ取らなかったもう一人の、機械人間専用の検索用片眼鏡(サーチモードグラス)―――相手の機種や武器の詳細を短時間で調べ上げる、戦闘において在るか否かで勝敗が決まるといわれるまでの必需品―――をつけた女が、背筋が凍るようなアルトで脅す。
「言っておくけど、あんた。あたし達の邪魔をするようなら、やりたかないけどあんたも破壊するよ」
「……それは是非とも御免被りたいものです。私、実は子供を二人抱えておりまして、私がいなくなるとそれはもう二人がうるさく泣き喚くのですよ。止めておかれた方が賢明ですね」
 本人達がいたら間違いなく「斬殺、銃殺、呪殺、引き殺しのどれがいい?」と笑顔で言われてしまいそうな台詞を言ったクレメントに、ピクンと女の肩が動く。そして次の瞬間、金髪の素早い静止が無ければクレメントの首は飛んでいたかもしれない―――
「ふざけんなっ! あんた、何で同属の癖に人間に手なんて貸すんだ!」
「それはいかがな意味で? レディ」
 金髪に羽交い絞めにされた女の手を覆い被せるよう突き出た幅広の剣を、今にも自分の首は飛んだかもしれないというのに、微塵の驚きも恐怖も浮かべないポーカーフェイスでクレメントは見やりつつ、キザったらしい動きで前髪を払いのけた。だが不幸なことに何処か薄い苛立ちも含ませた言葉は、思いのほか女の怒りを買ったらしい。金髪の静止すら気にしないように、羽交い絞めされた状態から暴れだし始める。
「あんたは人間の味方かよ! 人間があたし達にしたこと、知らないわけじゃないんだろう! あんたの機種は知らないけど、あんたはそのことについて人間に怒りを感じないの!? よりにもよって人間に手ぇ貸すなんざ……機械人間の恥だろ!」
「……はて、味方……」
 自らの髪に指を絡ませたところで制止したクレメントは、気にかかる言葉を小さく復唱する。そしてその後に漏れたのは、自嘲のような笑い声だった。それはまるで地獄から這い上がったような悪魔の声―――
「……味方、か……私に味方なんて……おりませんよ、この世には」
「な、なら何で人間に手を貸すんだよ!」
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