TOV The First Strike 〜重なる3本目の道〜

□交錯する想い
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***



雨に濡れ、少しばかり冷えた身体を熱いお湯が温めてくれる。濡れて重くなった前髪を掻き上げれば、十年前に負った怪我が尚も痛々しげに現れた。左目から頬にかけての大きな火傷の痕のような傷。その傷跡に、クレイの片方の視界は塞がれてしまっている。

クレイは二度と開くことのない目を、傷跡をそっとなぞる。古傷に触れても痛みはしないが、代わりに、クレイの心のかさぶたが少しばかり剥がれおちた。

鮮明に思い出せる戦火。

目の前で命を落として逝った両親。

それでも必死に炎に包まれていく故郷から逃げ惑い、だがその最中で大けがを負ってしまった。それがこの顔の左半分と、普段は服の下に隠れているいくつかの小さな傷跡だった。

(……くっ)

十年を経ても、それは辛い記憶でしかない。嫌なことを思い出した。そう言うように、クレイは心の中で舌を打った。

普段はその傷を見ても過去を思い出したりはしない。だが、人魔戦争終結の式典の話や、かけがえのない仲間を失ったことなど、ここ最近の様々な要因がクレイの心に負担をかけたのだろう、ここ数日は感傷に浸りやすくなっていた。

だが、残った藍色の瞳には強い意志が宿っている。それは過去ではなく、間違いなく現在と未来を見据えていた。

(もう、あんな思いはさせない)

誰に対してなのか、クレイは静かに心の中で呟いた。そして温かい蒸気に包まれたバスルームから出て、置いてあったタオルに身を包んだ。


***



魔導器のランプだけで照らされた執務室。この部屋の主は一人がけ用のソファに腰掛け、一杯の酒を飲みながらローテーブルの上に置かれたひとつの写真立てを見つめていた。

そこへ響いたノックの音。ナイレンは首をそちらへ向け、来訪者を迎えた。

「ユーリです」
「おーう、開いてんぞ」

そして入ってきたのは、いつもよりも大人しいユーリだった。

「どうした?」
「あ、いや。何か、ちょっと眠れなくて」
「柄じゃねぇな」

思わぬ弱音に、ナイレンは小さく鼻で笑った。ユーリを隣のソファに座らせると、グラスに飲み物を注いで彼の前に差しだした。

「ほい、お前はジュース」
「どうも……。奥さんと娘さん?」
「ん? ああ。二人とも死んじまったがな」

出された飲み物に視線を移した時、ユーリの目にテーブルの上の写真が映った。見事な桜の下に、茶髪の女性と赤茶の鎧を着た昔のナイレン、そして彼に抱きかかえられた彼と同じ色の髪をした幼い少女の三人がいた。クレイがそこにいないことから、恐らく二人が出会う前のものなのだろう。

だがユーリの何気ない問いに、ナイレンが返した答えは思わぬものだった。顔をあげたユーリの目に映ったのは、少し寂しげで穏やかな、亡き家族を愛しむナイレンの瞳だった。
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