ケンは、リサが今日、人を斬るためにそこにあるような斧の存在を見た。多分倉庫にあったものだろう。
 ケンは、そのままカラスと言い合いを続ける。理由は一つ。リサが斬りかかるまでの時間稼ぎた。
 リサが、ゆっくりと斧を天へと振り上げる。そこに、ふと、ケンやリサと同じくらいの子供と両親と思しき人の写真が移った。子供は、おそらくカラスだろう。
 カラスもあんなふうに笑うのかぁ・・・
 ケンは思った。
 だが、そんな少年の淡い思いは、たった一つの斬撃で儚く散る。
 斧は、重力そのままに、床に向かって、刃を落とす。しかし、カラスが、それに気づいた。
 カラスは、慌てて飛び退く。しかし、机の脚に躓いて転んだ。
 幸い、斧は、カラスの足を掠めた程度であったが、ジーンズがざっくりと裂け、少しだが、足から血が出ている。
 カラスが立ち上がり、逃げようとしたそのとき――
 ケンの左頬を、一筋の、冷たい、何かが掠めた。そこに左手を置く。
 手を離すと、指先から、赤黒い液体が、指先を使って、ゆっくりと流れてゆく。
 恐怖と驚きで、目の焦点を1mほど先へと移す。
 そこには、ある程度予想していた光景が、目の前に広がっていた。
 自分の頬から滴り落ちる、そのそれと同じ。でも全く違うもの。
 とても綺麗な赤色の水しぶき。そのしぶきを浴び、鈍く、しかし鮮明に光る斧。
「カラスみーつけた」
 理沙が、顔に赤い斑点をつけたまま言う。
「お、お前・・・」
 カラスが、痛みと、驚きと、恐怖で口をわなわなと動かし、やっと放った言葉であった。
 やがて、カラスが、怪我をした足を無理矢理に動かし、立ち上がろうとする。
 その時である。リサが不敵な笑みを浮かべ、もう一度斧を天へとかざす姿を。
 そのまま、斧が、宙を滑空し、カラスの――
「リサ!」
 首が飛んだ。
 そして、赤いシャワーが、首から吹き上がる。
 ケンの声は届かなかった。
 そのまま、カラスは、何も言わずに地面に突っ伏した。
 そして、もう見えているかも分からない目で、ケンを睨んで、まぶたが下ろされた。
「いたずらせいこうだね!」
 リサが、首のないカラスを見て笑う。
 その顔は、今までケンが見てきた、どんなリサの顔よりも、楽しそうに笑っていた。
「でもー」
 リサがそのまま話を続ける。
「きょうはハロウィン。おかしをくれなかったカラスさんには、もーっといたずらしちゃおーっと」
 そして、斧が再び天へと振り上げられる。
「お、おい、リサ。もういい加減に・・・」
 そう言った時には、斧は重力に加速され、カラスの胸へと落ちていた。
 ゆっくりと斧が天へと戻される。
 そこには、斬られたカラスの胸。真ん中に、白いものが浮き出ている。あれは骨だろう。
 そしてケンは見た。ただずっと、斧がリサの手によって、カラスへと振り下ろされているのを。
 ゆっくりと、だが確かに、リサの手によって、カラスが、その原型を崩していく。
 そして、胸から足までバラバラにされ、最後に、腹に刃が落とされた。
 そして、リサが、最後につぶやく。
「これで、いたずらはおしまい。あーっ、楽しかったなぁ」
 このときのリサは、ケンが見てきた中でいちばん、無邪気で、子供らしい、天使のような笑顔で、ケンに微笑んできた。..

   *   *   *

「う〜ん、カラス動かなくなっちゃったし…次はどうしよっか」
 斧を引きずりながらこちらへ歩いてくるリサを見て、ケンは静かに首を横に振った。正直、今のリサは恐怖の対象でしかなく、おそろしく怖かったのだ。
「や…めっ……。おねがいっ…殺さないで…殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで」
 頭を抱えて頭を抱えてうずくまるケンにリサは少し焦った。怖がらせるつもりはなかった、楽しんでもらおうと思っただけだったのだが、どうやら怖かったらしい。
 リサはまず落ち着いてもらおうと、ケンに近づき肩に手を置こうとした。
しかし、パシッという音と共に、その手は肩に触れる前にケンの手によってはじかれた。
「やだっ!嫌だ嫌だッ!来ないでッ!!」
 涙を溜めて、瞳孔を開いて絶望的な目をしてケンは言った。
「だ、大丈夫だよ!ケンにイタズラはしないよっ!」
 リサはじかれたことによってか少し痛む手をひらひらを振ってみせた。
けれど、そんなことをしてもケンはただうずくまって怯えているだけだった。
「ごっごめんねっ!…今日はもうハロウィン終わりにするから、一緒に帰ろう…ね?」
 もう一度、肩に触れようと手を伸ばす。…が、その手はケンに触れることはなくケンの体を透き通った。
「…ぇ……ッ!」
驚くリサの頭の中に声が響く。
周りにはケンしかいないのにケン以外の声が、少し前に聞こえた、不気味な声が。
『ケンは君を拒絶したんだヨ』
脳に直接響きわたるような、

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ