06/08の日記

00:25
雨上がりの花(オメガバースカイオエ)
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僕はオメガだ。

番はいないし、欲しいとも思わない。

この先も、作るつもりはない。

だって、僕は……



とある屋敷の主はスノウとホワイトという双子である。

珍しい事に彼等は運命の番であり、スノウはα、ホワイトがΩの性を持つ。

そんな彼等は孤児院やΩの保護施設、支援施設等に積極的な支援を行っている。

この屋敷に住まうオーエンは、その双子に引き取られた子だ。


オーエンは人前に出る事が嫌いだ。

自分がΩだからではない、オーエンにとって其れはもうどうでも良い事。

ただ、人の視線や複数の声に酔ってしまうのだ。

しかし、スノウとホワイトの仕事柄と立場上、時折催されるパーティーに全く顔を見せない訳にはいかない。

子供の頃は病弱だ何だという理由で部屋に籠っている事も出来たが、こういったパーティーは言わば懇親会に多々のビジネスも含まれている。

養子とは言え、20になるオーエンが全く関係ない顔をすれば僅かながらでもスノウとホワイトの印象に関わる。

オーエンも双子には感謝はしているのだ。

特にホワイトは同じΩだからか、元々見る目があるのか、オーエンの異変や変化には直ぐに気付いてくれる。


とは言え、倒れでもしたら元も子もないので最初だけ…目立たない、無難な会場の隅で双子の挨拶を聞く。

そして頃合いを見て自室に帰る。

それがオーエンの精一杯だ。



今日のパーティーは親しい者達を招いた親睦会寄りらしく、α以外にも番のΩやα同士の番にβの番等…まあ色々なペアが来場する。

「オーエンちゃん、明日はミスラちゃんとルチルちゃんが来るよ。」

「ブラッドリーとネロも招いてるからね、気楽にしてて良いからね。」

前日にそう聞いて、少し安心する。

ミスラは親代わりだった女性が死ぬ前に双子へ預けた子でαの性を持つ、ルチルはその女性の実子でミスラと共に双子の支援を受けて番となった。

ブラッドリーは双子の懇意にしてる警官でαだが、どちらかと言うと根性と本来のカリスマ性で伸し上がってきた実力派だ。

ネロはこの屋敷でも調理の勉強をしていた人で、今は隠れ家的な小ぢんまりしたお店を手伝っている。


仕事で此処に来たブラッドリーに惚れられて、押されて押されて押されまくって最終的に押し倒されたらしい。

「(ネロのスコーン、食べたいな…)」

焼き立ての、良い匂いがして、未だ熱くて少し柔い生地に蜂蜜を塗ったネロのスコーン。

寒い日は敢えて温かいホットミルクに浸して食べた、食欲の無い日はミルク粥も作ってくれた。


そんな事を思い出しながら、オーエンはスノウとホワイトが用意してくれた明日の衣装をチェックした。



翌日の会場で少し、オーエンは困っていた。

やたら視線を感じる。

「(何か変…?でもスノウもホワイトも大丈夫って言ったし…早くミスラか誰か来ないかな…)」

オーエンが視線を感じるのは無理もない。

双子がΩであるオーエンを一人にする事は先ず無い、自分達か他の信用している誰かかを必ずつける。

今は未だミスラもルチルもネロもブラッドリーも居ないので、オーエンは双子と一緒にいるのだ。

つまり普段のように部屋の隅等ではなく、オーエンにとってはそこそこ目立つ場所にいる。

その上、スノウとホワイトの見立てた服とオーエンの容姿。

深く積もった雪に落ちる影のような灰銀の髪、同じ色の長い睫毛から覗く白い肌にも映える石榴色をした瞳。

ネイビーの柔らかい詰襟と黒と白で編まれたループタイ、装飾は円い銀縁に填まったイエロートパーズ。

それなりに身長もあって、それでいて細身の、普段いつの間にか会場から消えている中々お目にかかれない儚げな美青年がいるのだから目立たない訳がなかった。

そんな事には全く気付いていないオーエンはソッと胸元に手を当てる。

詰襟の中の大切なΩ用のコルセットに指先が触れると、少し落ち着いた。

Ωにとっては運命を決定付けてしまう『項』…其れを護るコルセットだ。

項を噛まれてしまえばもう逃げられない、同意でも無理矢理でも決まってしまう。


「おはようございます。」

ふと声がして顔を上げると、臙脂の髪に対照的なエメラルドグリーンの瞳があった。

「ミスラ…おはよう。あれ…一人?」

「ええ、ルチルは撮影が長引いてるので後で来ます。その服、似合ってますね。素敵ですよ。」

「ありがとう。」

ひょい、とテーブルにあった一口サイズのキャラメルシュークリームを口に放り込んだ。

「…彼、来てましたね。」

「…うん、ブラッドリーが連れてきたみたい。」

ミスラのエメラルドグリーンの瞳から逃げるように、オーエンはガーネットの瞳を伏せる。


オーエンには密かに想っている相手がいた。

名前はカインというらしい。

一年前、ホームパーティーの時に人に酔ったオーエンに双子の目を盗んで『番になれ』と言い寄ってきた男から助けてくれた青年だ。

あの時、カインが気付いてくれなければ…

自分は今頃あの男の所有物になっていただろう。

身体をどうこうされる事は嫌ではあっても恐くはなかった。

それこそ親代わりの双子が『コイツと一緒になれ』と言えば、オーエンはその相手と一緒になっても良いとさえ思っていた。


オーエンの身体はとっくの昔に、オメガの保護施設にいた時に汚されてしまったのだから。


オメガの性を受けて、施設に渡されて、其処にいた施設長に気に入られて、何も知らなかった子供のオーエンは『これは愛情だ』と言われて。

それが恐くても耐えた。

強すぎる快楽にも、わからない薬にも耐えた。

いつの間にか増えた施設長以外の相手もした。

大人達に囲まれる夜は恐かった。

皆が寝静まった施設内で、自分の部屋に近付いてくる足音。

部屋のドアが開いて、昼間は頭を撫でてくれる手が夜には違うものになる恐怖。

『良い子にしなきゃ』『これは愛情』『だいじょうぶ』

オーエンにとって不幸中の幸いだったのは、その施設が双子の支援を受けていた事だった。

大人達に使われた強いフェロモン誘発剤の連用のせいで、オーエンのフェロモンは通常に比べてかなり不安定になってしまったが…

助けてもらって、大事にしてもらって。

スノウもホワイトも、オーエンが本当に好きになった相手となら一緒になって良いと言ってくれている。

「(僕が…ちゃんと綺麗だったら…お喋りくらい、出来たのかな…)」

何だか悲しくなってきた。

溢れそうな涙を綺麗な指先が掬う。

「そんな顔してたら悪い虫が寄ってきますよ。」

「…悪い虫くらいが僕には丁度良いよ…」

「貴方はそう言っても、彼は違うと思いますよ。」


ミスラがそう呟くと「確かに、それは困るな」と声がした。

驚いて顔をあげると、目の前にカインがいた。

「…え…?」

呆然とするオーエンをよそに、ミスラは「遅かったですね」とカインを見る。

カインは警察の服ではなく、白のスーツを身に纏っていた。

銀糸と水色で飾られた襟や袖の刺繍も美しい。


「すまない、仕度に少し時間がかかってしまったんだ。」

そう言うとカインはオーエンの手をとって、片膝をついた。

「え…?」

「オーエン。初めて会ったあの日から、ずっと、オーエンの事が忘れられなくて…スノウ様とホワイト様に許しを貰って、今日、この場を用意してもらったんだ。」


俺と結婚して欲しい。


カインの真っ直ぐな瞳に、言葉に、オーエンは震える事しか出来なかった。

「…駄目、か…?」

カインはじっとオーエンを見つめる。

「だ、め、じゃない…けど、僕…」

本当は直ぐに頷きたいのに、嬉しいのに、汚された過去が邪魔をする。

「……オーエン、お前の事は色々聞いたよ。」

「…え…?」

カインの手が頬を撫でる。

「スノウ様とホワイト様から、全部。」

逃げたくなった。

血の気が引いて、叫びたいのに声がでない。

真っ暗になる、わからなくなる。

やめて、やめて、と

心がひび割れる。


「俺の気持ちは誰にも負けない!」


いつの間にか閉じていたらしい目を開くと共に、温もりを感じた。

抱き締められている、そう気付いた時にはもうカインの顔が近くにあって

もっと見ていたいのに、どんどん滲んで、ぼやけてしまって、見えなくなった。



「返事を聞かせてくれ、オーエン。」



眩しいほどの笑顔に、オーエンはただ一つ頷いた。


雨上がりの花が綻ぶ、その笑顔で。







終わり

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00:25
いつだって、側にいるから。(死ネタ)
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北の国の悪い魔法使いオーエン。

彼が本当に死んでしまったのは、晶が賢者になって2度目の厄災と戦った時だった。

きっと、晶が来る前の彼なら…こんな事にはならなかったと思う。

彼はもう随分と長い間、厄災と戦って、生き残ってきたのだから。

オズでさえも怪我をした。

ミスラも、フィガロも、スノウも、ホワイトも。

そう、晶が来てから自覚してしまったのだ。

自分達の掛け替えのない存在を。

あの日、厄災が現れる前…晶はオーエンに小さな袋を渡された。

中には白く細長い綺麗な欠片。

『御守り?って言うんだっけ?僕の骨を加工した物だよ、守護をかけておいたから特別にあげる。』

『ほっ…骨!?』

『失くさないでよね、捨てたりなんてしたら逆に呪いになるよ。』

『な、失くしません!捨てません!絶対!』

自分の骨を加工するなんて事を何でもないように言いながら、オーエンは晶にねだって作らせたおはぎを食べていた。


厄災が現れ、晶は前回とのあまりの違いに身震いした。

あんなものを、追い返せるのかと。

『大丈夫だよ、賢者様が死んでもおはぎの事は忘れないから。じゃあ、僕も行ってくるね。賢者様。』


彼は最後までいつもと変わらない彼だった。

どうして気付けなかったんだろう

あの時のスノウとホワイトの表情に。

オズとフィガロの視線に。


厄災は見る見るうちに近付いて、影響を受けた自然が荒れ狂う。

夜が明けるまで、月が消えるまで、魔法使い達は自然の災いを抑えながら魔法を使い続ける。

あと少し、あと少し

そうは思っても魔力は尽き始める

厄災に近付きすぎると厄災の傷が発症する

ミスラ、ブラッドリー、フィガロを先頭に

シャイロック、オーエン、オズ、ヒースは中距離戦となった。

若い魔法使い達は賢者を守りつつ、長距離から戦った。

その側でスノウとホワイトが結界を張り、援護する。


それでも退かない厄災に誰もが箒で飛ぶ力さえ尽きかけていた。

その時に、シュガーを一つ口に入れたオーエンが言った。

『僕が行く。ちょっとだけ、時間を稼いであげるから回復して。』

誰にも何も言わせない威圧感、初めて見るオーエンの顔だった。

誰かが何かを言おうとする中、オズが『頼む』とだけ言った。

『大丈夫だよ、僕を誰だと思ってるの。』

飛び立ったオーエンは呪文と共にケルベロスを呼び出した。

今まで見ていたケルベロスよりも何故か大きく感じ、その咆哮には強い魔力が宿っているのが晶にもわかった程だ。

オーエンの魔方陣が大きく広がり、ケルベロスが光の塊となって月を押し返す。

『あの人、あんなに魔力使って大丈夫なんですか…?』

珍しく驚いているミスラの言葉に誰も答えられなかった。

回復できた魔法使い達から参戦し

そうして遂に空が白み

厄災は姿を消した


ふと、歌が聴こえた気がして晶は辺りを見回した。

オーエンがいなかった。


彼は夢の森にいた。

正確には夢の森だった場所だ。

幻想的な風景だった森は木々が折れ、土や岩が荒れ、殆んど面影のない状態だった。

そんな森の中に、オーエンはいた。

大きな木だった物に寄り掛かるようにして、座っている。

『オーエン…?』

晶は目を見開いた。

オーエンの手や脚が、石になりかけていたのだ。

『オーエン!?どう、して…!』

『賢者、様、来ちゃった、の…?ふふ、悪い子……隣、座って…肩、貸して…じっとしてて…』

いつか聞いた言葉に晶は泣きながら『はい』と返事した。

オーエンの隣に座ると、彼は頭を寄せて

『頭、撫でて…』

『はい…っ』

オーエンの髪に、頬に、服に、晶の涙が落ちる。

『…雨、降ってる…?』

『…気の、せいですよ…』

目を閉じたままオーエンは少し笑った。

『馬鹿だね、魔法使い相手に、嘘つくなんて、悪い子』

『すみっ‥ま、せん…っ‥ケーキ、おごり、ます…っ』


『いらないよ、もう…おなかいっぱい…』

オーエンは薄く目を開く。


『けんじゃさま…おはぎ、おいしかった』



それがオーエンの最期だった。




キラキラ光るマナ石を晶は自分の上着に大切に包み、泣いた。

『オーエンは今日死ぬ事を知っておったよ。』

晶を夢の森へ連れてきたホワイトはいつの間にか側に来て、晶の頭を撫でながら言った。

『予言を頼まれて、占ったんじゃ。オズとフィガロも知っておる、きっとオーエンも何か感じるものがあったのやも知れん。』

ホワイトは上着に包まれたオーエンのマナ石に触れると、優しく目を細めた。

『よく頑張ったのう…おやすみ、オーエン。』




魔法舎に帰って皆にオーエンが死んだ事を伝えた。


誰もが信じられないといった顔だったが、マナ石を見せると息を呑んだ。

マナ石から感じる魔力、それが確かにオーエンのものだとわかったからだ。

静まり返る中、晶はクロエに声をかけた。


『クロエ、この…マナ石で何か作れませんか?』

『え…作れる、けど…でも…』

クロエは泣き腫らした目に涙を浮かべる。

『…最初は、庭に埋めようと思いました。オーエンがよくいた中庭とか…でも、オーエンは暗くてじめじめした所は嫌いだって言ってたから…埋めるのは可哀想かなって。

粉にして風や海に撒く事も考えました、自由に何処へでも行けるかもって…でも、オーエンを粉にはしたくないし、一人ぼっちは嫌だろうから…

だから、これでお揃いを作って欲しいんです。』


『お揃い…オーエンのマナ石で…』

クロエは小さく呟いた。

『オーエンはお揃いが好きでした、クロエの作る洋服もアクセサリーも喜んでたでしょう?だから…皆が身に付けられるような、何かを作って欲しいんです。お願いします、クロエ。』

『良いのではないか?のう、スノウちゃん?』

『うむ、良い提案じゃ。皆はどうじゃ?』

二人の呼び掛けに賛同の声が上がった。

そして意外だったのがミスラだ。

『まあ良いんじゃないですか。オーエンのマナ石、食べたかったんですが…あの人が時間を稼いでくれたお陰で助かりましたし…お揃いは俺も嫌いじゃないです。』


そうして出来上がったのは美しい細工の施されたブローチと指輪だ。

クロエのデザイン、手伝わせてほしいと自ら名乗り出たヒースクリフの加工技術。

必要な宝石はシャイロックとムルとラスティカが西から調達し、スノウとホワイトとオズとアーサーが北の国から調達した。

ブローチに使う布は以前行った幸運の村へブラッドリーとネロがエマへ依頼した。

エマは青年役を務めたオーエンが死んだ事を悲しんだが、フィガロ、ミスラ、ルチル、ミチルが南の国へ採りに行った糸を染め上げるのに必要な草花

そしてレノックスが用意した羊の毛、シノが用意したシャーウッドの森の植物

それらを受け取ると『一生懸命織らせてもらうわ』と強く頷いた。

せっかく身に付けるものなら何か効果があった方が良いだろうと、ファウストとリケとカインは祈りと守護をかけた。



ブローチと指輪は晶から一人一人へ、大切に手渡された。


不安な時、挫けそうな時

眠れない夜、どこか憂鬱な雨の日の朝も

いつだって、ふと目を閉じれば

愛用のトランクを手に、お気に入りの帽子をかぶって笑う彼の姿が見える気がした







おわり













晶はある仮説を賢者の書に書く事にした。



夢の森は最初は小さな森だった。

オーエンは初めて来た時から何故か懐かしい感じがしたと言っていた。

彼には昔の記憶がなかった。

夢の森があった場所には村があった、悪い魔法使いがそれを滅ぼした。

その魔法使いは夢の森の中の大きな木に封印されているとも言った。

ミスラは村を滅ぼした魔法使いはオーエンの事だろうと言った。

だとすれば

昔、夢の森にあった村はオーエンの故郷で

何かが原因で村を滅ぼした

『暗くてじめじめした所、鼠と土竜しかいない所、僕がいた所』

きっと、過去の魔法使い達のように…

オーエンも良い扱いは受けていなかったのかも知れない

封印されたのか、自分で隠した事を忘れていたのかはともかく

彼の魂はあの木の中にあったんだろう

夢の森はオーエンの魔力を取り込んで、大きくなったのかもしれない

厄災の影響で夢の森はぼろぼろになってしまい、あの木も折れてしまった

そうして、オーエンも本当に死んでしまった

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