04/01の日記

19:32
花と君(カインと傷オエ)
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「きしさま!見て、お花いっぱい!きれいだね!」


柔らかい風が吹く日溜まりの中、両腕に色とりどりの花をいっぱいに抱えて笑うオーエン。

先ほど風にさらわれた帽子は今はカインの手にある。

さらさらと風に髪を遊ばせて、雪肌は日の下でいっそう眩しく見える。

「ふふっ…綺麗だなあ、可愛い。」

花に顔を綻ばせる姿は無邪気で、愛らしくて、美しい。

「きしさま、お花すき?」

「ああ。好きだぞ。」

「ふふっ…ぼくも、すき!」

軽やかに、踊るように爪先をクルリと方向転換させて、風に背を向けるようにカインを振り向くオーエン。

ふと強く吹く風が銀の髪を乱して、胸元の花を少し崩す。

「わぷっ」

「おっと」

風に煽られるように倒れてきたオーエンをカインは受け止めた。

すっと風が止んだ。

「きしさま…」

見慣れた眼光、雰囲気。

髪と花の影が僅かにかかる顔。

「おかえり、オーエン。」

「何、これ。花?」

オーエンは自分が抱いている花を見る。

「食用花だよ、ネロの代わりに買いに行ったんだ。出掛ける前に傷のお前と会って、一緒に行くって言うから連れて行った。」

「ふーん…花なんか食べたって美味しくないだろうに、変なの。」

「雑に扱うなよ?それでお菓子作るって言ってたから。」

オーエンは今まさに毟ろうとしていた手を止めて首を傾げる。

「お菓子‥甘いの?この花で?」

「ああ。粉にしたシュガーと双子鳥の白い卵を使って作るらしい、生の花を使うから結構難しいらしいけど。」

「へえ…この花が甘くなるんだ…甘いびしゃびしゃや甘い泥も使うかな?黄色いどろどろも治りかけの傷口みたいなのもあったら良いな。」

独特の表現をしつつも楽しそうな姿は傷のオーエンとはまた違う可愛らしさがある。

穏やかな風が吹いて一本の花がオーエンの抱える花束からさらわれる。

「あ、逃げた…!」

「逃げた?」

オーエンの声に頭上を見上げると白い花が。

そして、それを捕らえる指先。

軽やかにジャンプしただろう自分と1cm違いの男が、カインの上から間も無く落ちてきた。

そして

落ちてきたオーエンの膝が急所中の急所にめり込んだ。

「あ"ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


カインの悲鳴が木霊した。





魔法舎に帰りついてオーエンから花を受け取ったネロはオーエンの魔法によってふよふよ浮いて運ばれる瀕死のカインに首を傾げたのだった。




おわり

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19:32
チェス・ナイトレイ
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一人の魔法使いが魔法舍から消えた。



……


ある夕飯時の事だった。

いつもは一番窓に近い、端の方で皆に背を向けるようにして食事をしているオーエンが食堂に集まる皆の方を見つめていた。

手元には食べかけのレモンパイと生クリームにルージュベリーのソース。

しかし、それもあまり進んでいない。

階段から降りつつ、それに気付いたカインは一つ席を空けてオーエンの隣に座った。

普段なら『何で隣に来るの』『あっちに座れよ』と文句を言ってくるオーエンだが…

この日の彼はカインを見ると「騎士様…」とだけ口にして見つめた後、手元のレモンパイをゆっくりと食べ進めた。

それでも…どこか上の空という風で他の魔法使い達を眺めていた。


夕食を終えて、人気もなくなった食堂。

カインが部屋へ戻ろうとすると、オーエンは「ねえ、お喋りしようよ」と口にした。

しかしカインは部屋に持ち帰った書類を思いだし、やんわりと断った。

「すまない。片付けないといけない書類があるんだ、またの機会に誘ってくれ。」

「そう、残念。」

オーエンは静かに呟いて、紅茶を口にした。

その様子が何故か胸に引っ掛かったカインは「少しだけ、5分くらいなら…」と言いかけたが

「別に良いよ、ほんの気紛れで言っただけだから。じゃあ、おやすみ騎士様。」

オーエンはティーカップと共に消えた。



そうした翌日、彼は消えてしまった。

代わりに現れたのは傷の方のオーエン。


今までのように少しすれば普段のオーエンに戻ると思いつつ、カインは言い知れない靄を胸に抱いていた。

そしてそれは確かなものになってしまったのだ。

2日、3日と過ぎてもオーエンは戻ってこない。


「なあ、オーエン」

「なあに騎士様?」

「…オーエンの部屋、見ても良いか?」

「僕のお部屋?良いよ?でも僕、あの部屋はいや…」


「…どうして…?」

「んー…あの部屋は何だか寂しくて、一人ぼっちだな…って思っちゃうから…」

「そっか…無理して部屋に入らなくても良いぞ?」


「ん、騎士様が居てくれるなら大丈夫。」


本来なら他人を入れたがらないオーエンにカインは心の中で謝りつつ、5階にある彼の部屋へと向かった。


「どうぞ、騎士様」

「おじゃまします。」


カインは部屋を見回す。

ベッド、ソファ、棚、クローゼット、机と椅子

其処まで見て、カインは机の上にあるチェス盤を見つける。

盤面には白のみの駒があって、その中に一つだけ黒のキングが倒れていた。

「オーエン、これは?」

「わからない、最初から置いてあったよ?」

「そうか…」

カインは、そっと倒れている黒のキングを手にした。

「それ、可哀想。」

ふと傷のオーエンが呟いた。

「可哀想…?」

「うん。一人ぼっち。」

その言葉がカインの胸にストンと落ちた。


夕食の時の様子、珍しくお喋りしようと言ってきた彼に対する違和感。

もしかしたら、オーエンは何か感じていたのかも知れない。

自分が消えてしまう事を。

きっと、あの時、彼は

「お前…寂しかったのか…」

でも寂しいというものを、彼は知らなかった。

だから、

「騎士様、泣かないで?どうしたの…?」

「ああ…ごめんな…ごめん…」

カインはそっと、オーエンを抱き締めた。



それから2日が経った朝、魔法舍に双子が増えた。


「騎士様!騎士様!」

すっかり日常になってしまったノックと声。

扉を開けるとオーエンが飛び込むようにしてカインの胸にぶつかってきた。

「な、何だ!?どうし…」

そこで気付く。

自分の胸にぶつかってきたオーエンが、カインの知る彼である事に。

戸惑ったようにカインを見て直ぐに逸らされた瞳は、彼が本来持っていたガーネットの色。

髪も少しだけ長いように思える。

それでも、自分の目の前にいるのは彼なのだ。



驚き過ぎて声がでない。

「(あれ、でも…さっきの声は傷の方のオーエンだった…)」

カインが固まっていると、ひょっこりと傷の方のオーエンが現れた。

「おはよう騎士様、もう一人の僕が帰ってきてくれたよ!」

カインの胸にいるオーエンの後ろから傷の方のオーエンが抱きつく。

「ちょっと、押さないで…」

「えへへ、ギュってすると温かいね!これで騎士様も悲しくない、君も一人ぼっちじゃない。みんな一緒、僕も嬉しい!」

驚いて固まっていたカインだったが、その腕でしっかりと二人を抱き締めた。



二人を連れてスノウとホワイトの部屋を訪ねる。

「なんと」

「オーエンちゃんが二人じゃ」

「双子じゃ」

「双子じゃな」


スノウとホワイトは一先ず部屋に入るよう促す。

傷の方のオーエンが言うには

「騎士様が悲しそうで、もう一人の僕も寂しそうだったからお祈りしたの」

だそうだ。

「ふむ。オーエンちゃんは元々が特別じゃからな、魔法は使えぬが魔力はある訳じゃし…もしかすると、オーエンちゃんの強い祈りに強い魔力が奇跡的に作用して上手く二人に別れたのかも知れんな。」

「誰にでも出来る事ではない、ある意味才能かもしれんのう。取り敢えず暫くは様子を見て、問題ないようならば任務にもまた協力してもらうとしようかの。」

スノウとホワイトは楽しそうに笑っている。

「ではさっそく!」

「皆にも紹介しなくてはのう!」

楽しそうな双子を眺めながら

カインは戸惑い

傷のオーエンは喜び

オーエンは複雑な顔をした



朝食前の食堂でカインは皆とハイタッチし、スノウとホワイトが現れて事情を話した。

皆とても驚いていたが、実際に二人を目の当たりにすると口々に『お帰りなさい』と歓迎を表してくれた。

ミスラは早速オーエンの前の席に座ると興味深げにオーエンを見つめる。

「…あなた本当に面白いですよね、死なない次は分裂したんですか。」

「何か嫌なんだけど、その言い方。」

「まあ良いじゃないですか、取り敢えずお帰りなさい。」

そう言ってミスラは朝食の厚切りベーコンとスクランブルエッグのバゲットサンドに噛みついた。

カインもベーコンを食べつつ切られたカンパーニュを齧る。

すると隣から二人のオーエンの会話が聞こえた。


「ねえ、もう一人の僕。これ美味しいね、黒いから苦いかと思った。」

「ああ…それ、チョコのソースなんだって。泥みたいな色だけど甘いから好き。」

「うん、僕も好き!」

「あと内臓をグチャグチャにした赤いどろどろも美味しい。」

「えっと…ぐちゃぐちゃ…赤いの?じゃむ?」

会話を聞いていると仲の良い双子にしか見えない。

そこでカインは大事な事に気付いた。

「名前、どうしようか。」


食事を終えて、カインと二人のオーエンは食堂に残っていた。

「二人共オーエンじゃ色々と不便だろ?」

「そう?取り敢えず、そっちの僕が本当の僕なんだからそっちがオーエンで良いよ。僕は適当に声かけてくれれば良いし。」

「…チェス、なんてどうだ?」

「…適当過ぎない?僕に名前つける気あるの?」

呆れたような表情の後ろでキョトンとした同じ顔が覗いている。

同じ顔なのに違い過ぎる表情に思わず笑いそうになってしまうが、今は我慢した。


「ちゃんと意味はあるんだ。お前、騎士に拘るし…部屋にチェス盤あったし、チェスは白と黒の裏表があって…でも一つでも欠けたらいけない。何か、そういうとこがお前みたいだなって…」

「……ふーん…そういう理由なら悪くない、かも?」


そしてカインは意を決して続けた。


「因みに…チェス・ナイトレイ…なんてどうだ……?」


石榴石の瞳がカインを見る。

「その、そっちのオーエンには俺の目をやる。けど、流石に両目は困るから…お前には俺の名字を、と思ったんだが…」

「…でもそれって…そういう意味で捉えられそうな気がするけど…」

戸惑い勝ちな表情と共に、白い頬が薄く染まった。


「良いじゃないか、チェス・ナイトレイ。お前の名前だ!」

「僕の、名前…騎士様がくれた…僕の……」




今度こそ石榴石の双眸が美しく潤んだ。






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