02/11の日記

17:56
一人ぼっちの子守唄(オーエン視点、ややシリアス)
---------------
ふ、と風が柔らかく通りすぎていく

それに促されるように目を開いた

視界に入ったのは浅い緑の草木と土の色、動物達の気配もない、ただ天気が良いだけの乾いた景色。

うたた寝をしてしまったのだろうか、先程までの記憶が無い。

また例の馬鹿みたいな僕が出ていたのだろうか、だとしたら

「最悪」

そう口にして立ち上がり、振り返った。

そして、驚いた。

「なに、これ…」

振り返った直ぐ先には魔法舎があった。

けれど、それは見慣れた魔法舎ではなく…

屋根も壁も朽ちて色褪せた、蔦が蔓延るだけの有り様だった。

隕石の雨でも受けたのだろうかと思うほど、所々がひび割れてしまっている。

仮にも魔法使いが複数で住んでいる魔法舎がこんな有り様になるとは余程の事だ。

欠けた小さな階段を踏んで、玄関の扉に触れる。

「開いた…」

乱暴にすると崩れてしまいそうだったので静かに開いて、中にそっと入った。

朽ちた窓ガラス、中央の上部にある双子の作ったステンドグラスの窓から太陽の光が射し込んでいる。

だけど、食事をしたり雑談したりと皆が使っていたテーブルや椅子は倒れて割れて朽ちていた。

扉を開けた事で舞い上がった埃がキラキラと揺れる。

足下に散らばったシャンデリアの欠片たちを見つめて先に進んだ。



キッチンを覗く、誰もいない。

まるで土から掘り起こしたかのような食器と調理器具、埃をかぶった乾いた調理台があるだけだった。

ミスラ、リケ、ルチル、ミチル、フィガロの部屋を訪ねたが誰もいない。

ただ割れた窓から入った風にカーテンだったものと古びた本が吹かれるだけだ。

階段をゆっくり上がって二階へ。

賢者様、アーサー、ヒース、シノ、そしてカインもいない。

「まあ、こんなとこに賢者様がいたらいたでびっくりするけどね…」

これだけ気配が無いのだから、誰もいないのは解りきっている。

それでも先へ進んだ。

進まずにはいられなかった。

結局、誰も居なかった。


オズの暖炉は火が消えて煤けて朽ちていた。

シャイロックのバーはグラスも酒瓶も埃をかぶっていた。

クロエの部屋はぼろぼろの端切れが落ちていた。

カインの部屋には錆びた剣の手入れ道具。

ブラッドリーの部屋には銃の手入れ道具が埃をかぶっていた。

床に落ちたムルのハンモック、鎖が片方切れて傾いた双子の天秤…


そして、自分の部屋を開ける。

特に変わり無い。

古びて埃をかぶっている以外は。


引き出しを開けるとアミュレットがあったので、何となく掴んで握った。

しかし、その瞬間、アミュレットだったチェスの駒達はパラパラと砕けてしまう。

握っていた手を開くと、小石のようにポロポロとこぼれ落ちていく。

「っ…なん、なんだよ…!」

アミュレットが砕けた瞬間、急に心が落ち着かない。

いや、本当は誰もいない事を知る度に苦しかった。


開けっぱなしの引き出しに残った駒の中から、一つだけ残ったナイトの駒。

「…騎士様…」

指先で触れようとして、でも、壊れてしまうのが恐くて……そっと引き出しを閉めた。


「クーレ・メミニ」

そう唱えると景色は中央の街へ変わった。

もう一度、呪文を唱えて違う街へ。

それを繰り返して解った。



「誰も」いない。

古いがらくたみたいに廃れた街は、北も南も東も西も…全部同じだった。

ただ褪せた景色が、世界が、広がっているだけ。

そう、人も獣も魔物でさえも。


僕だけが、置いていかれた。

僕だけが、この世界に一人きり。


枯れかけの泉でふと顔を見れば、お気に入りだった目の色は紅に戻っていて

とても、とても

悲しくなった。



『眠っているわ』

『眠っているわね』

『今日も良い天気だもの』

『そういえば東側の森のカッコウが今度ティコ湖で歌うんですって』

『まあ素敵!』


そんな話し声に目を覚ます。

鮮やかな草花が風に揺れて、肩と帽子の上にとまっている小鳥がお喋りをしていた。

周りには猫の兄弟、一匹狼の兎、北から引っ越してきたという狐の親子などが好き好きに寛いでいた。


「夢……?」

どうやら此処は魔法舎の裏庭で、見慣れた景色が広がっている。

そこで思い出した。

暇だったので、今日は天気も良いし動物達の話でも聞いてみようと庭へ出たのだ。

何だか急に安心して、息をつく。

『おや、起きたね。』

『あら本当。』

「やあ。天気が良いから寝ちゃったよ。」

『風も気持ち良いもんね。』

『そういえば、さっき人間の方が赤い髪の魔法使いさんにお歌を歌ってましたわよ。面白いお歌でしたわ。』

「ヘえ?賢者様かな、赤い髪は…」

『瞳の色が雨上がりの木々の葉っぱみたいな色の魔法使いよ。』

「ミスラだね、彼奴の目はそんなに良いものかな…」


『皆綺麗な色をしているよ。』

『向日葵の花弁を透かしたような色、蒼い空のような色、深い深い湖の色、真っ赤に熟れた木の実の色、黄昏時のような夜の混じった色』

「ははっ 随分いいものに例えるね。ねえ、面白い歌ってどんな感じ?上手かった?」

『眠れ〜眠れ〜眠くなる〜って言ってましたわ。あれは上手というのかしら?』

『それお歌なの?お話してたんじゃないの?』

『でも赤い髪の魔法使いさんは目を閉じていたわよ?』


「あはは!何それ、面白い。僕ちょっと聞いてくるよ、何処にいた?」

『一階の中庭のテラスに』

『あら、もう行ってしまうの?』

「うん、面白い話をありがとう。」

軽く服を払う。

先ほどの夢を思い出しかけて、急ぐように呪文を唱えた。

テラスには確かに賢者様とミスラがいた。

「折角眠れるとこだったのに、歌の途中で噎せるってどういう事ですか。オズのクシャミに匹敵する妨害ですよ。」

「い、いやぁ…すみません…普段歌い慣れないもんで……あ、オーエン。」

賢者様が見慣れた顔を向けた。

つられてミスラも此方を見る。

「ああ、良いところに来てくれました。オーエン、ちょっと歌ってくれません?何か眠れそうなやつ、あなた上手いですし。」

「僕は賢者様の変な歌を聴きに来たんだけど。」

賢者様は恥ずかしそうに笑う。

「いや、賢者様ときたら歌ってる途中で噎せるんですよ。お陰で目が覚めちゃって、取り敢えず何でも良いんで。」

「そうですね!僕も聴きたいです!」

眠そうなミスラとニコニコ笑う賢者様。

嫌だよ、と言うつもりだった口は…

「いいよ」と答えていた。


「一応言っときますけど、この間みたいに変な夢見せる呪いなんてしたら殺しますよ。」

「うるさいなぁ…あれは半殺しにされた恨みを晴らしただけだよ。それに、ちゃんと歌ってあげるよ。」


ミスラは静かに瞬きを繰り返して「じゃあよろしくお願いします」と賢者様の手を握って目を閉じた。




歌声が響く。

先ほどの動物達が聞き付けてやってくる。

何処からどうやって出しているのかと思うような、静かで優しい歌声に賢者は驚いた。

以前聴いた歌も美しかったが、今日は別格だと思うほど。

「(何処の言葉だろう…歌詞はわからないけど、凄く優しくて…少しだけ寂しそうな歌…)」


上手い、下手では言い表せない、メロディーが、言葉が、全てが自然と耳に入ってくる。

まるでオーエンの歌声以外は物も音も、時が止まっているかのように…

風が通り過ぎて、流れていくように、ただ静かで優しい声が響き渡っていく。

その声を皆が其々の場所で聴いていた。


少しだけ悲しげな、祈りのような、その歌を。






歌声が止まると、辺りが時間を取り戻したかのように動き出す。

「やっぱりあなたの歌は良いですね、懐かしくてつい聞き入って寝るの忘れてました。」

「ミスラは今の歌を聴いた事があるんですか?」

「昔、オーエンが歌ってるのを偶然聴いて。でも滅多に今の歌は歌いませんでしたけど。オーエン、次あれ歌ってくださいよ。」

「なに普通に聴いてるのさ、というか早く寝なよ。」

「いや、折角の機会なんで。で、次はあれ歌ってください。」

「あれって?」

「北でたまに歌ってた歌です、罪がどうとかの。俺、あれも結構好きなんです。」

「ああ、あの歌。あれは此処じゃちょっと歌いにくいかな…もっと深い森とか山「アルシム」…」

目の前に現れた扉にミスラは賢者とオーエンを連れた。

「ちょっと、なに」

「森か山なら何処でも良いんですか?北に行きます?」




そして夕飯時。

上機嫌なミスラと、感激して未だ浮かれている賢者と、少しだけ疲れたオーエンが帰ってきたのだった。


明かりの灯った部屋。

見慣れた顔ぶれが揃っている。



「(たとえ、いつか君達が僕を忘れて置いていく日が来ても……)」



今日の歌は


どうか忘れないで


『一人ぼっちの子守唄』




おわり

前へ|次へ

コメントを書く
日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ