過去作品2
□悲喜…喜
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「しまった、教科書を忘れた」
慌てた素振りも見せず、淡々とした声色で喋る少女に臨也は横目でその表情を眺めた。特にぱっとしない表情、というより無表情に近い表情になんとも言えない愛着感が胸のうちに渦を巻いた。
「…困った」
表情はそう思ってはいないが、口には出ていた。臨也は少女の隣の席だった。たまたま席替えして偶然知り合った、まだそれぐらいの軽い仲だった。
臨也は椅子を少し引いて少女のいる方に左足から順に出した。そして少し口の端を上げ、待ってましたと言わんばかりに教科書を自らの机の上に置いた。そして軽い挨拶もなしに、彼は口を開いた。
「どう、一緒に見るかい?」
「…見返りなしならいいわ」
「おっと。残念だけど君に見返りを求めるほど俺は酷い人間じゃないからね。それに見返りを求めた時点で君はなにもできないだろ。もしかして何か期待でもしてた?」
「…冗談じゃないわ。まあ、この際気にしないわ」
そう言って少女は机を横に移動させて臨也の机とくっつけた。それが実に授業が始まる5分前だった。少女は机の上にノートと筆記用具のみを出して鞄を横に引っ掛けた。
そして臨也はふと、少女の鞄が異様なまでに膨らんでいることに気付き、疑問をそのまま少女にぶつけてみた。
「ねえ、その鞄の中って何が入ってるのかな?」
「あら、教える程のものはないわ。当たり前のものしか入ってないわ」
「当たり前のもの?」
筆記用具、教科書、ノート…それは全部机の中、もしくは机の上に出ている。じゃあ一体なにが?臨也は小さな疑問をあまり深く考え込まず考えた。そして暫く考えた後、参った素振りをして「予想できないよ」と淡々と言った。
「弁当に決まってるじゃない」
「弁当?それ以外にあるんじゃないの?」
「重箱なのよ、」
「…重箱?」
何故、そう臨也は喉まで言葉が出掛けたが、その前に少女が臨也の喉まででかかった言葉の答えを言った。
「私いっぱい食べるの。重箱だからって誰かにあげるわけじゃないわ。全部私が食べるの」
「へー。そうだ、お昼一緒に食べようよ」
「…………え」
「あからさまに嫌そうな態度だねー。いや、君のさっき言った見返りさ。今更だけど欲しくなってね。別に迷惑は掛けないよ」
「…そうね、そ」
それくらいなら。と少女は言い掛けた言葉を強制的に喉の奥に押し戻された。目の前に机が横切ったのだ、妥当の判断だ。
「いぃぃざぁぁやぁあああ!!」
「静ちゃん最悪。空気読めてないなあ…じゃっ、またお昼にね!」
嫌そうな顔をして、臨也は窓から飛び降りる。なんというカッコいいことはせず、静雄のいない別の扉に一直線に向かった。せっかくの時間を邪魔されたんだ、そう臨也は考えて同時にどうやって静雄をからかおうか考えていた。お昼に楽しみを作ったからか、臨也は楽しそうに、そして邪魔されて不愉快そうに、教室から飛び出した。
それは授業が始まる1分前だった。
ひき
(なにあれ)
(…教科書を借りておこ)