過去作品

□だから消えるな
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「雷震子、」

「…」

 雷震子はくるみを後ろから抱き締めた状態のまま静止していた。何故このようになったのか、その経路はくるみ自身理解ができていなかった。後ろから抱き締める雷震子の髪の毛が首もとをくすぐり、くるみはなんともいえない気持ちに駆られた。

「ねえ、雷震子」

「…」

「くすぐったいよ、雷震子」

「…」

「…ねえ、」

 くるみは再び くすぐったい、と雷震子に言いたそうな顔をしたが、その唇の動きを止めた。それは先ほどから無言であった雷震子が唇を動かしており、それも小さく小さな普段の雷震子からは感じ取れない、弱々しい声でくるみの耳元でずっと囁いていた。

「…くしたくない…」

「…」

「なくしたくない…なくしたくない…なくしたくねえんだよっ…!!」

 怖い夢でも見たのだろうか、それとも…。くるみは自らの考えをふと頭に浮かばしたが、しばらくして静かに首を左右に振った。
 そしてくるみは何も言えなくなり、そのまま雷震子のか細い消え入りそうな声に静かに耳を傾けた。それは何よりも心強く、同時にどこか儚げない願いにしか聞こえなくて、くるみは首もとに腕を回していた雷震子の腕を力強く抱き締めた。

「強くなろうね」

 気がつけば首もとにあった髪の毛の感覚が消え、代わりに雷震子の掌がくるみの両頬に添えられており、噛み付くような雷震子のキスにくるみは酔いしれていた。決して深いものとは言えず、かといって短くもない、長い長い優しいキスへと代わり、二人は唇を離した。

「雷震子、泣いていたの?」

「ちがっ…」

「ううん、違わないよ」

 頑張ったよ、雷震子は。
 そう言ってくるみは雷震子の目元に指を添えた。赤みを帯びている目、どこか湿って熱い目尻に触れたくるみは、雷震子の目を見てはっきりと頑張ったよ、と何度も言った。雷震子は照れ臭そうに、それでも申し訳なさそうにはにかんだ笑顔になった。
 
「消えるなよ」

「消えないよ」

「どっか行くなよ」

「行く宛なんてないから」

「…死ぬなよ」

「……うん」

 最後の雷震子の言葉に、くるみは自信なさげに答えた。否、実際には雷震子の言葉に答えられる自信がなかった。人なら余命だってある、殺されてあっという間に死ぬこともある、儚い命なんだ。くるみはそう考えていた。

「…俺は」

 嗚呼、神様。どうか私に強くなる力をください。雷震子の言葉にくるみは言葉を失った。

「くるみがどこに行っても見つけ出す、くるみの居場所は俺の隣だ、だからもしくるみが命の危機に瀕したなら、俺はなにがあっても守ってやる。

だから消えるな」

(好きだから)
(ただそれだけだった)





 

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