黎明の夢 外伝

□誰が為に鐘は鳴る 中編
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他意はない。
そう言って渡したものでも、受け取り難いのか。
余り物とはいえ辛辣な自分からのプレゼントに、困惑するチトセはその真意を考えあぐねているようだった。

「…チッ…寄越せ。いらないなら俺が持って帰る」

やはり、柄にもないことなどするのではなかった。

愚行が過ぎたと後悔しながら、カレルが返せと手を差し出せば、チトセは袋を胸に抱き抱えふるふると大きく首を横に振り、返却を拒絶する。

「い、いいえ!!いいえっ!!喜んで頂きますっ!!」

そう言って、少女は貴重な贈り物を自分に取られまいとして、閉じた袋の口を手早く開いた。
刹那、眉根を寄せた難しい顔が、封を開けたその瞬間華やぐ。

「わ…わぁ!!カヌレだっ!私、カヌレ大好きなんです!」

カヌレを一つ手にすると、チトセはほくほくとした笑みを自分に見せた。

社交辞令ではないだろう。カヌレを目の前にしたチトセは、好物を前にした仔犬のようにはしゃいでいる。



『塩漬けの豚肉も手に入れてきたからな、夕飯は豪勢にアイスバインにしようぜ』

『やったぁ!!じゃあ、とっときのザワークラフトも出さなきゃね!』




過日の幻影がまたも脳裏をちらついた。
決して戻らぬ不要な"記録"でしかないと言うのに、何故、今更そんな幻を自分に見せるのか…

「…カレルさん?」

記憶野が見せた気紛れな幻に囚われ、現実から解離し掛けた心が少女の呼び掛けでこの身に戻る。

本当にこの小娘といると、自分は現実主義者ではなく懐古主義者になるらしい。
最近の苛立ちはその辺りが原因なのかも知れない。

まったく持ってらしくないと、カレルは決まり悪く頭を掻いた。

「あの…大丈夫ですか?顔色が少し悪いですよ?」

「…あ?何言ってやがる…大丈夫に決まってんだろ。それより、お前、俺の神機の前で一体何してたんだ?」

余計な詮索をされるのを嫌い、カレルは先程の少女の奇異な行動についての話をすり替える。

チトセはその話題を振られると、暫し話すことを躊躇っていたが、隠していても詮ないことと思い至ったようで、気恥ずかしそうにその重い口を開いた。

「…えっと…あの…ですね…カレルさんって銃身のクリーニングはご自身で成されてますよね?」

「あ?まあな、銃身だけなら俺でも分解整備出来るし銃扱う人間なら、ある程度は自分の得物は自分でメンテナンスすんのが当然だろ?」
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