黎明の夢 外伝
□誰が為に鐘は鳴る 中編
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こちらを見上げながら、矢継ぎ早に些末なことを聞くチトセ。
放って置くと私的な質問にまで波及するので、喋り続けるコイツを無視し、黙らせる為にカレルはそのこめかみに両の拳をぐりりと捩じ込んだ。
「いたいッ!いたいッ!」
「うるさいぞ、マメ。
神機に不具合があったなら、今ここに俺が無事に立っていられる訳がないだろ?何時も何時も代わり映えしないことばかり俺に聞いてくるな、お前は。鬱陶しい…」
痛がるコイツの姿に鬱積した気も晴れたところで、締め付けていた拳をこめかみから放してやる。
解放されたチトセは『痛いですぅ…』と、恨めしげに上目遣いで自分を見ていた。
その抗議の視線もさらりと受け流し、カレルはそもそもの話し相手であるリッカに顔を向ける。
目が合ったかと思えば、奴はにまにまとやけに含みのある笑みを口許に浮かべていた。
「…何だよ」
「ふふ〜ん…なるほどね。確かにこれはアンタの言う通り『いびり』じゃないよねぇ、うん。カレル君、ご馳走さまで〜す」
そう言って、リッカは合掌のポーズを取った。
どうにも、コイツには先程のやり取りが、ただの惚気に見えたらしい。
まったく…一体、何をどうしたらそんな考えに至るのか…
乙女脳の思考はリアリスト(自分)には理解し難い。
「てめぇの脳は髄液じゃなくて、エンジンオイルにでも浸ってんじゃねぇのか?さっきの会話と行動の何処に、そんな色っぽいもんがあったんだよ」
「嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃない?」
「……ふん、馬鹿言え。
…兎に角だ、リッカ。俺はこのマメを信用してない。とっとと俺の担当を代えろと、あのクソ眼鏡に言っておけ。いいな?」
それだけ伝えると、カレルは佇む二人に背を向けて、この場を去ろうと歩き出す。
「…そんな…カレルさん…カレルさん!待って!」
チトセは涙声で必死に自分を呼び止めた。
背中に少女の悲愴な声を受けて、微かに気が咎めたか、カレルは一度だけ後ろを振り返る。
泣き崩れるアイツは、通り掛かった同僚と覚しい男に背中を擦られ宥めらている。そんな姿が目に入った。
収まった筈の苛立ちが、この胸に戻ってくる。
カレルは小さく舌打ちを打つと、少女の許へ戻ることはせずフロアを後にした。