黎明の夢 外伝

□bad drunk!
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「一応、お前さんに確認しておきたいんだがよぉ…
"中米産"と"ポーランド産"の酒は用意してないよな?」

と、ゲンは酷く憂える面差しで自分にそう聞いてきた。

「ええ…勿論ですよ。今日は"姉上"も来ますからね…無礼講の場だと何が起こるか分かりませんから…」

そう言って、リンドウもその精悍な顔を曇らせる。

普段ならばまだ良い。
軍律の塊と言えるあの姉が、醜態を晒すような真似は絶対にしないだろう。

が、しかし、我が姉『雨宮ツバキ』女史は知られてはいないが無類の酒好きである。(しかも、ざる)
滅多に酔わないが酔えば、冷静沈着な将校は暴君と化す。

あの性格での絡み酒はとてつもなく厄介だ。
その場に居合わせたことのある自分とゲンは、彼女の起こした惨劇を目の当たりにしている。
彼女に付き合わされ、酔い潰れた若き戦士達の死屍累々とした憐れな惨状を。

更に厄介なことにあの酒豪の好みはスピリッツ(蒸留酒)。特に、世界でも名高いアルコール度数を誇るウォッカ『スピリタス』が大の好物ときている。

アルコール度数96%。消毒用アルコールが80%なのだから、どれ程強いか想像に易いだろう。

火を近付けただけでも簡単に"燃える"という危険な代物に、我が姉は"萌える"のだそうだ。

「…酔うと手当たり次第にショットガン勝負を吹っ掛けてくるのはちょっと勘弁してもらいたいですね…」

そこそこ地位のある立場の人間に付き合えと言われ、拒める下士官が何処にいるのか…無自覚パワハラであるから、なお質が悪い。

「アイツは酒好きというよりは、アルコール好きだからな…以前、配給の酒の質が悪くなった時、温い!つって腹立てて燃料用のメタノールを水で割って飲んでたぐらいだしな…
太平洋戦争後の物資の少ない日本国内で、同じような密造酒が普及して目を潰した奴らがごまんといたっつー話は聞いたことがあるがな、目の前で実際やられるとは思ってもみなかったぜ…」

『流石にありゃ引くわ…』と、ゲンはやや青い顔付きでふるふると頭(かぶり)を振った。
今日の酒宴ではそんな事態は防ぎたいものだ。

互いの顔を見合わせて、男二人は深々とため息を吐く。
すると、件の女性(ひと)を象徴する甲高い靴音がカフェテリアのホールに響き渡った。
その威圧的な音に、男達は思わず居住まいを正す。

「大分、準備が進んでいるようだな」

「あ、姉上…お早いお着きですね…」

「主役の肉親が遅刻するような痴態は晒せまい?ん?何故目を逸らすリンドウ?」
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