黎明の夢 外伝

□intermission-2
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五十にもうじき手が届く大の男が、子供みたいに叱られる様があまりに滑稽で、自分のことながら可笑しくてならなかった。

くつくつと、喉の奥で嘲るように笑うサカキの姿を、ゲンは不快そうに見据えている。

「…お前さんがそんな風に荒れてるのは、ユウが原因のことかい?」

彼女の名前を耳にして、不覚にも動揺してしまった。手にした徳利が滑り落ち、床へと転がったソレは音を立てて砕け散った。

正鵠(せいこく)を射られ思わず口籠もってしまえば、『だと思ったぜ』と深々とため息を吐かれて、その老人の訳知り顔に微かに苛立ちを覚える。

「手綱が上手く引けないのが気に食わなかったのか?だがよ、手綱を引くのは、何時の時代でも女の役割だぜ?男は黙って女を乗せてりゃあ、いいもんじゃないのか?
それにだな、榊…アイツが裸馬同然のじゃじゃ馬なのは疾うの昔に知ってたことじゃねぇか…
勝手に縛っといて、言うこと聞かねぇから手放して、そのことに苛立って当たり散らすなんざ、丸っきり、ガキのする色恋だぜ?」

指摘されたことは全て当て嵌まり、ぐうの音も出ない彼の弁に更に苛立ちが増した。
初めて知った。正論ほど頭にくるものはない。

「…クッ…ははは…それは…ご自分の経験からのご高説ですか、百田さん?
なら、我々男は、女性の我が儘に振り回されるだけ振り回され、彼女達の要求に素直に従うだけの種馬であればいいと…そう仰る訳ですね、あなたは?」

酷く嫌みたらしい口振り。きっと、今の自分の顔は醜く歪んだものになっているのだろう。

不敬にも程がある態度に、礼節を重んじるこの老人が怒りを露にするかと思いきや、彼は怒る処か呆気に取られたように自分の姿に見入っていた。

「呆れたな…あんだけ艶聞(えんぶん)に事欠かなかったお前が、その実、色事の機微をまるで理解しちゃいなかったとはな…」

『ペイラー・榊の底が知れたな』と、無性に腹が立つ言葉をこちらへ投げ付けて、彼は思い煩うように目を伏せる。

「そこはお前、男の度量と差配が試されるとこだろうがよ。ただ従順なだけの男には、女は決して付いて来やしねぇよ。
生活にしろ子を育むにしろ女は人生に於いての主導権を握ってるもんだ。
だがよ、その"日常"を守ってやれるのは他でもない男だけなんだぜ?
互いの望みに近づけるように凌ぎ合い、感化され合う…それが情を通わすってことだろ?
言われたことを守るだけのチキン野郎に、そいつが務まるとは俺は思わないがねぇ?」
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