黎明の夢 外伝
□記憶の残滓
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腕輪に…侵されてい…る?
あれは紛れもなく侵食現象。
内側から喰われる苦しみは、想像を絶するものだ。
けれども、リンドウは苦痛に顔を歪めながらも、戦う姿勢は崩さない。
『はは…やるなぁ』
軽口を叩く余裕もそこまで。彼は肉薄するアラガミに向け、神機の刃を突き立てた。
『ぐうおおおおぉおおオォ――ッ!!!!!!』
渾身の打突がピターの胸を抉る。
アラガミはその一撃に身体を大きく仰け反らせた。
その拍子に、神機と共に彼の腕輪がピターの肉に食い込むように抜ける。
制御機関でもあるインプラントが抜け落ちたことにより、彼の身体は急速にオラクル細胞に侵食され始めた。
リンドウは体内を捕食される痛苦に身悶えしている。
ディアウス・ピターは彼の食らわせた一撃から立ち直り、ふるりと頭(こうべ)を振ると地に膝を付く自分の獲物にぎらついた眼差しを向けた。
だめ…っ!?リンドウさん!リンドウさんっ!!
けれども、今この目にする光景は脳が見せる幻のようなモノでしかなく、掛ける声も伸ばす腕も、死を間近にする彼には決して届かない。
ピターは低い唸り声を上げて躙り寄る。
アギトを開き、その身に食らい付くまでほんの一拍の間。
トンッ…
軽い足音。
床に降り立つ白い脚。
彼とピターとの間に割って入るように、一人の少女が緊迫したその場所に舞い降りた。
白い…真っ白な少女。
彼女を知っている。彼女を覚えている。
忘らるる過日、共に過ごし共に生きた…自分達のもう一人の大切な仲間のことを。
――シオ…
終末の時計の針を、ほんの少しだけ巻き戻してくれた月の神様。
彼女は帝王と向き合うと、そのつぶらな瞳で彼の緋色の瞳をじっと見詰めた。
対話はない。
しかし、彼のアラガミと何か通じ合うものがあったのだろう。
帝王は彼女を排斥することはなく、踵を返すと聖堂から静かに立ち去っていった。
『…ハァ…ハァ…っぐぅ!?』
死の危機から脱したことにより緊張の糸が切れたのか、リンドウは短く呻き声を上げると聖堂の床に卒倒する。
倒れ動かない彼の傍らに膝を付く少女は、福音をもたらす為、天より遣わされた天使のように伏した青年の身体にそっと手を触れた。