黎明の夢 外伝
□記憶の残滓
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暗転する世界。
その後に見えた景色は古めかしい家屋と、眼下に広がる寂れた伽藍。
ここは鎮魂の廃寺の近くのようだ。
荒れた日本家屋の一室に、リンドウは柱に身体を預けるようにして座っている。
腕輪のあった右腕は、異形のモノへと変異していた。リンドウの意識は混濁しているようで、小さく呻きを上げながら、苦しげに荒い息を吐いている。
ひょこり。
何処からか白い少女が現れて、苦しむ彼の傍に寄り膝を付く。
異形の右手を手に取り、労るようにそこを撫でる彼女は、彼に何かを施しているように見えた。
『っぐ!つぅ!?』
痛みで一瞬覚醒したリンドウに、シオはおろおろと戸惑い、母猫から離れた仔猫が身を隠すように、物陰に隠れて彼の様子を伺っている。
虚ろな瞳で彼も少女を見遣った。
『ん…?…っ…』
彼女と視線が僅かに交わるが、再び襲う侵食の痛みにリンドウは身動ぎし、合わせた視線は外される。
彼は顔を顰め、痛みを訴える自分の右腕に目をやった。
『…腕‥か?これは…俺の腕…か?』
それだけ呟くと、彼は再び意識を落とす。
少女が彼に寄り添うように近寄った。
昏睡と覚醒。
それを幾夜も繰り返し、痛みに身悶えすれば少女が直ぐ様駆け付ける。
そんな日々を彼は過ごしていた。
『……腹…減ったな…』
もう何日も、まともなモノを彼は口にしていない。
人間性も希薄になり、呟くと言葉には微かな感情が乗せられているだけ。
家屋に穿たれた穴から望める月を虚ろに眺めながら、リンドウはもう一度同じ言葉を紡いだ。
『…ハラ…ヘッ…タナ?』
彼の呟きを真似するように、シオが片言の言葉でその言葉を口にする。
『んー?…お腹すいた…だ…』
『オナカ…スイ…タダ…?』
少女は彼が紡ぎ出す言葉に興味を示し、その意味を解さずとも繰り返し何度も呟いていた。
『…あぁ…お腹すいた…』
『オナカ…スイタ…』
『ぐっ!?うぐっ…があぁああぁあああぁっ!!!!』
突然、激しい発作が起こり、リンドウは苦痛の叫びを上げ続ける。
苦しむリンドウの傍らに、少女は静かに添うと、彼の黒い右腕を優しく手に取った。
彼女が彼に触れた瞬間、淡い光がその腕に灯り、彼を苦痛から解放する。
『…お前…ありがと、な…?』
リンドウの感謝の言葉に、シオは嬉しそうに彼に微笑みを返していた。