黎明の夢 外伝
□My Fair Lady
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博士は眼鏡を押し上げながら、心底口惜しそうにそう言うが、もぞりとこちらに伸ばされた彼の手は、遠慮なく厭らしい手付きで背筋から腰のラインを指でなぞり上げる。
「―ンッ!?」
直情的な彼のそのアプローチに、思わず反応してしまい慌てて手で口許を抑えた。
「相変わらずいい反応♪
ふむ…本部へ到着すれば少しは時間も取れるかな?
…三十分…せめて、二十分取れればなんとか――」
「〜ッ!?し、しなくていいですっ!」
ユウは間髪入れずにそれに突っ込んだ。
バカップル改め夫婦漫才な二人を乗せたヘリは、その後、滞ることなく無事本部へと到着したのであった。
◇◆◇◆◇◆
「うわぁ…」
本部に到着し自分達が通されたそこは、ノルンのデータベースでしか見たことがないような、豪華絢爛な場所だった。
貴賓者専用の区画であるらしいそこは、三ツ星ホテルのロイヤルスウィートのような広くて…綺麗で…贅沢な部屋が来賓者の為に幾つも用意されているのだそうだ。
その一つに今ユウはいる訳なのだが、必要以上に豪奢な内装に正直、当てられていた。
「……お金の無駄」
呆れた息を吐き、後ろに立つ支部長代行を仰せつかる彼に向け、ユウは少々白い目を向ける。
彼は正装に着替えながら、彼女の含みのある視線を受け止めた。
「…まあまあ、そう言わず。貴人を迎えるには必要なものだと思ってくれ。
これは彼らのご機嫌を損ねない措置であり、交渉を上手く纏める為の戦略でもあるんだから…」
『僕は好きではないけどね』と、博士は肩を竦め弁明する。
本当に…無駄遣いもいいところだ。
この内装の予算を半分でも削れば、どれだけの外部居住区の人間の生活が潤うことか…
生活に必要なインフラも、未だまともに設備されていない所が多いのだ。
上に立つ人間であるのならば、そっちの方に是非ともお金を掛けてもらいたいものである。
納得いかない面持ちでいれば、博士に苦笑いを向けられた。
「…君は真っ直ぐな子だから…この伏魔殿を解するのは無理かも知れないね…
権力というものは世界を動かす力にはなるけれど、
持てば持つほどに、心の深淵は深くなり、外界からの光が届かなくなるものなんだよ…
故に、権力者は下界の痛みを感じることが出来なくなる」
彼は眉を顰め辟易した様子でそう語った。