黎明の夢 外伝

□誰が為に鐘は鳴る 中編
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―――2072年
フェンリル極東支部。


「リッカ!おい、楠リッカ!!」

ラボラトリ区画の廊下にて、前を行く古参の整備士をカレルは呼び止めようとするが、件の人物はひたすら声を無視して歩き続けている。
止まる素振りは微塵も見せない。

こちらは話したいことがあって声を掛けているというのに、何故しかとを決め込むのか。

苛立ちながらも、カレルは眼前の小さな背中を追い掛けた。

「リッカっ!クソ…止まれよ、この"まな板ブス"ッ!!」

辛辣な青年の渾身の毒舌。

その言葉に足早に進むその足を止めたリッカは、くるりと踵を返し今度はつかつかと険しい面差しで自分に詰め寄ってきた。
腰に手を当て、ぐっと顔を突き出しこちらに迫る。

「だぁ〜れが"まな板ブス"ですって!!」

「何だよ、聞こえてんじゃんか」

自らに肉迫する整備士の顔を、カレルはうざったそうにして見遣る。舌禍など気にするものかと、厚顔な態度で彼女に応じた。

「カレル…アンタって目が悪いんじゃないの?
このリッカさんの『美乳』が目に入らないなんて」

そう言って、リッカはエヘンと偉ぶるように自身の胸を突き出し強調させる。

が、その胸は細やかすぎて腹との境目がいまいち分からない。
彼女は美乳と主張するも、ツバキやサクヤを筆頭とする『爆乳女子』とは比べるには能わず。

…何だか切なくなってきた。


「…美乳?微乳の間違いだろ?」


ぼそりとカレルが本音を呟くと、リッカはキーッ!!と金切り声を上げて腰の得物(スパナ)を振り上げた。

「わっ!?た、たんま!!俺が悪かった!だから、その物騒な物をしまえって!!」

諸手を上げて謝ると、彼女は掲げた凶器を下ろしフンと荒く鼻を鳴らす。

「ふんッ!あんまり舐めた口きいてると、『ペタンコ同盟』筆頭のジーナさんに言い付けてやるんだから」

と、リッカは息巻いてそう言った。
ジーナの名前に思わずカレルは居住まいを正す。

あの隻眼絶壁露出狂に、胸の話題を振るのは自殺行為だ。ミッション中、支援拒否をされるどころか、背後からズドン!と背中を撃ち抜かれ兼ねない。

というか…ジーナ、お前…そんな阿呆らしい同盟の筆頭だったのか…

胸への拘りは女の性かと、カレルは益々切なくなった。

口さがない自分が口を噤む様を、こちらが態度を改めたと誤認したリッカは、訝しみながらもその口を開く。
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