黎明の夢 外伝
□誰が為に鐘は鳴る 中編
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チトセの傍らへと歩み寄ると、まるで暴漢から女を守る正義漢のように、ソイツは自らの背に少女を隠す。
「…せ、先輩?」
「桐原、勤務時間中だぞ、持ち場に戻れ。
いつまでも男と無駄話してんな」
「は、はい!すみません!桐原チトセ、直ちに持ち場へ戻ります!」
上官に怠慢を指摘された少女は、居住まいを正すや自らの持ち場へと帰っていった。去り際に、一度だけ名残惜しむような目を自分に向けて。
モルグ然とした格納庫に、本来の静寂が戻る。
男は後輩の姿が見えなくなるのを見計らい、こちらへと身体を向き直すと、閉ざしていたその口を徐に開いた。
「……シュナイダー曹長、アンタもあまりアレに構わないでくれませんか?
チトセはまだ子供だが、整備士として見所があります。惑わすような真似は止めて頂きたいですね」
と、奴は自分の顔を見据えてそう言う。
上官として下士官を案じるこの男の言は確かに正当なものだ。
だが、こちらに向けられる険しい眼差しと険のある面差しは、自分の目には上官以上の感情を感じた。
惑わされているのはこちらだというのに…
そう思うと少しばかり胸が悪くなる。
「ふん…男の嫉妬はみっともないぜ?」
「んなっ!?なんだと!!」
正鵠を射れば、男はあからさまに狼狽えた。
やはりそうかと、カレルは重々しくため息を吐く。
「…まあ、そう熱り立つなよ?俺を敵視するのはお門違いもいいとこだ。
俺はあんなガキに、微塵も興味を持ってないし、寧ろ付き纏われて困ってんだ。アンタもアイツの上官ならよく言い含めておいてくれ?」
素直に思ったことを口にしたつもりなのだが、目の前の男はそれを嫌味と捉えたらしく、ぎりと歯噛みしながら、口惜しそうにこちらを睨み付けている。
自分の話を聞きそうにない男に、やれやれと少々呆れ気味にカレルは肩を竦めると、自らも持ち場に帰る為に踵を返した。
そのすれ違い様、
「…男娼上がりが…偉そうに…」
と、男に侮蔑の言葉を投げ付けられる。この物言いがカレルの癇に障った。
「…はっ…偉そうじゃなくて偉いんだよ、木偶。
胸の階級章を見るに、お前一等兵だろ?曹長からすれば下士官なのを知らねぇ訳ねぇだろ?」
「…星の数が全てじゃないだろ」
「違うな。ここではそれが全てだ。星の数は命を掛けた数だ。無力なお前らの代わりに俺らが命張って化け物と戦ってんだからな。
だからこそ、それに見合う権限が神機使いには許されている。
そんなに俺の偉ぶった態度が気に食わないなら、お前が代わりに化け物と戦って見せろ。惚れた女を守るくらいの気概を俺に見せてみな?」
安い売り言葉に安い買い言葉で返せば、カレルは留まることなく神機格納庫を後にした。
苛立ちに、物に当たる男が打ち鳴らした騒音を、遠くその耳朶に微かに捉えながら。
"事件"が起こるのは、その数日後のことである。