黎明の夢 外伝

□逃げるなっ!!
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時は満ちて、世界は残酷な決断を迫る。

あの黒のアラガミが出現してから、二日。
ラボでのそれの解析は依然として結論へ到達する域には達してはいないが、新種の強襲を受けたという一報を耳にしたツバキには、既にアレが血を分けた自らの弟であることに気付いた節があるようだった。

アナグラ内に混乱が起きないよう、きつく自身を戒めているのだろう。
動揺する様を、周りに微塵も見せない姿は彼女らしいと、ツバキのその実直さに、ユウは心の中で苦く思ってしまう。

…泣けないのは…自分も同じか…

泣くことなんて出来ない。
何故なら、自分は彼を殺すかも知れないからだ。

『かも知れない』

そんな曖昧な含みを自らに持たせてしまうのは、卑怯なことだとは分かっていながらも、ユウは思わずにはいられなかった。

彼を殺したくない…と。

彼の…リンドウの変容した姿をこの目にしながら、今も決心が着かないでる。

天秤の針は未だ揺れ動いたまま。
それでも彼の許へ行かなければ。
それが、彼の"居場所"を引き継いだ自分の役割なのだから。

ユウは自室の扉を開けると、重い足取りで廊下へと出る。
フロアには人気はなく、昼だというのにやけに静かだ。

嵐の前の静けさ。
そんな言葉が一瞬頭を過り、まさにその通りであるなと、ユウは皮肉っぽく微かに口許を崩した。

「待ってましたよ」

そう、こちらに声を掛けてきた"彼"は、何処からともなく現れて、自分の傍らへと歩み寄る。

少年との不自然な邂逅が気にならなくなったのは、
"彼"という存在がおぼろ気ながらも見えてきたからだろう。

出会いからして不可思議なものであった。
度々顔を合わせては、教示するような意味深長な言葉を投げ掛ける少年。
まるで、自分を何処かへ誘(いざな)うように。

それは、さながら守護天使のようで彼は"人の匂い"が酷く希薄であった。

導く存在。非科学的だけど、そんな風に思ってしまえば、今まで感じていた彼への違和感がなくなる。

だから、ユウは、

「…うん、私もね…レンが私のことを待っててくれてるんじゃないかって…そう思ってた…」

と目の前の少年に笑い掛けた。
彼はその返しが意外であったのか、少し驚いたような顔をしてこちらを見遣っていた。

レンは自分を迎えに来るのではないのかと、そう思っていた。
そして、自分が向かう場所と彼が誘う場所は同じであると。
そこにはきっとあの人がいる…

レンは一度だけ目を伏せると、真摯な眼差しをこちらへ向けた。
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