黎明の夢 外伝

□intermission-2
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幸せな夢を見る。

金糸と銀糸が織り重なる優しい光の中で、眠る少女にそっとキスを送る。
そんな夢を。

髪に、額に、頬に、唇に…愛おしい気持ちを籠めて、彼女に口付ける。

朝露に濡れた露草のように、艶やかな黒い睫毛が微かに震え、少女は伏せた瞼をゆっくりと開いた。

しっとりとした、黒真珠のようにつぶらな黒い瞳を、こちらへ向けると、彼女はじっと自分を見詰めている。
目覚めても、まだ頭が覚束ないのか、ぼんやりとした面差しで不可思議そうに、少女はこちらの顔を眺めていた。

しどけなく口を開き、ことりと小首を傾げるその様が可愛らしくて、思わず口許が緩んだ。

すると、釣られるように彼女も自分に笑い掛ける。
幸せそうな優しい穏やかな笑みを。

地位も名誉も学究への欲望も、彼女のその微笑みの前にはゴミ同然のものだ。

焦がれ欲し、漸く手にしたその存在に手を伸ばし、何処へも行かぬようこの胸の中へと閉じ込める。

彼女も想いに応えるようにして、細い腕(かいな)を伸ばし、ゆるりと自分の首に絡めて身体を引き寄せた。

白魚のような柔らかい指先が、労るように髪を梳く。
耳元で彼女が甘く名前を囁いた。

ペイラー

と…
その一言で、脳は媚薬を呷った者のように痺れて思考が停止した。

抱き竦める少女の顎に指を掛け、くっと顔を上に向かせると、引き寄せられるように桜貝の唇に吸い付く。

柔らかで、滑らかな彼女の唇は蜜のように甘やかで、触れる度に心は震え、上質な酒に酔うような心地好い酩酊感を感じていた。

浅く、深く…
繰り返し、繰り返し、口付ける。

繋がりは唇だけ。
肉欲的な繋がりはなくとも、それだけで心は至極満たされた。

ユウ…

愛しき女性の名を何度も呼び、抱き留める腕に力を込めてきつく抱き締める。

これが儚い幻でも…
愚かしい夢でも…

かつて見た望み(未来)を、取り零した夢を、手離すことなど、どうして出来ようか?

過日の残滓に縋り付き、溺れるように夢の続きを見続ける。

幸せな夢を見ていた。

今はもうこの手にはない、日常の風景を。
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