泡沫の夢

□chicken heart
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気が付けば…時間が経っていた。

サカキが研究室に戻ると、既に彼女の姿はなく、
開かれたままの本と、飲みかけの彼女の湯飲みが、置かれたままになっていた。

…帰った‥のか…

それもそうか、あんなことを言われれば、居づらくて帰りもするだろう。

「………はぁ。」

用意した茶器をテーブルの上に置くと、サカキは身体を投げ出すようにして、ソファーに座り込んだ。

ギュッと革が寄る音が、いつもより虚しく響く。

とうとう、口にしてしまった…

拒絶するには、若干弱い言葉だったかもしれないが、それでも彼女には十分通じた筈だ。

啜り泣く声が、向こうにいても聞こえていた。
自分を呼ぶ声も…

その声に…応えたかった。

部屋を飛び出し、彼女をこの手に掻き抱こうかと、
何度思ったことか分からない。

…女々しいぞ…今更。

全ては終わったことだ。

ここで自分の身勝手な欲望に身を任せ、手にしてしまえば、
今まで彼女を守り続け、命を落としたサキに対して申し訳がたたない。

分かっている。自分が生きる道と彼女の道は、交わることはないものだ。

自分がフェンリル《ここ》でしか、生きられないということも。

上層部の人間に、ユウが生きていることを、知られるわけにはいかない。

自分の傍にいるということは、それだけ彼女が見つかるリスクが高くなるということだ。

奴等の目から、ユウを守り抜く自信は、自分にはなかった。

「……クソッ‥」

手を額に当て天井を仰ぐ。

そう納得していても、頭を占めるのは、彼女のことばかり。

彼女の声が聞けないことが、顔を見れないことが…こんなにも辛いこととは思わなかった。

情けない。自分には成さなければならないことがあるというのに、
考えることが女のことばかりとは…
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