泡沫の夢

□危険な取り引き
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「…ん?」

デスクの右手にある通信機の異常に気付き、ヨハネスは僅かに眉を寄せた。

外部からの通信を示す表示が、先程からチカチカと点滅している。

ここへの外部からの通信は、交換を通さなければ通じない筈なのだが…

訝しげに思いながらも、ヨハネスはそれに応答してみることにした。

「…もしもし?」

『……お久し振りです。シックザール主任。』

妙齢の女性の声。
古い記憶のその端に、その声の主の姿を思い出す。

自分のことを、『主任』と呼ぶ人物は一握りだ。
其の上で、女性であるというのならば、自分の知るところ、一人しかいない。

「…やあ。久しいな、サキ君。」

柊サキ。

あの少女の『母親』だ。

「極東支部《ここ》のファイヤーウォールを掻い潜って、直に通信してくるとは、君は相変わらず良い腕をしている。」

『…思ってもいないことを、口になさらないでください。
私は貴方と無駄話をする為に、こちらにハッキングしたわけではありません。』

この生意気な口も、変わっていない。

一見、か弱そうなサキの姿は、男の庇護欲を掻き立てるが、その外見に騙され、手酷い傷を受けた研究員は少なくなかった。

その旧知の人間が、自分に用があるという。

「昔話をしにきたのでないなら、一体、私に何の用があるのかね?」

『…ユウを返してください。』

声のトーンを一つ落とし、彼女は用件を述べた。

まあ、大体そんなところだろうと思っていたが…

血の繋がらない小娘一人の為に、よくここまで危険を冒せるものだと、ある意味感心した。

「…異なことを言う。
まるで、私が彼女を拐ったかのように君は言うが、ここに来るのを決めたのは、彼女自身だよ。」

ギリッと歯噛みする音が、微かにマイクに乗った。

『あ、貴方達がそう仕向けたのでしょう!!』

「仕向けたとは、またひどい言われようだね。
あれは正当な取り引きだよ。あの時と同じことだ。
そうじゃないかね、サキ君?」
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