泡沫の夢
□危険な取り引き
1ページ/2ページ
「…ん?」
デスクの右手にある通信機の異常に気付き、ヨハネスは僅かに眉を寄せた。
外部からの通信を示す表示が、先程からチカチカと点滅している。
ここへの外部からの通信は、交換を通さなければ通じない筈なのだが…
訝しげに思いながらも、ヨハネスはそれに応答してみることにした。
「…もしもし?」
『……お久し振りです。シックザール主任。』
妙齢の女性の声。
古い記憶のその端に、その声の主の姿を思い出す。
自分のことを、『主任』と呼ぶ人物は一握りだ。
其の上で、女性であるというのならば、自分の知るところ、一人しかいない。
「…やあ。久しいな、サキ君。」
柊サキ。
あの少女の『母親』だ。
「極東支部《ここ》のファイヤーウォールを掻い潜って、直に通信してくるとは、君は相変わらず良い腕をしている。」
『…思ってもいないことを、口になさらないでください。
私は貴方と無駄話をする為に、こちらにハッキングしたわけではありません。』
この生意気な口も、変わっていない。
一見、か弱そうなサキの姿は、男の庇護欲を掻き立てるが、その外見に騙され、手酷い傷を受けた研究員は少なくなかった。
その旧知の人間が、自分に用があるという。
「昔話をしにきたのでないなら、一体、私に何の用があるのかね?」
『…ユウを返してください。』
声のトーンを一つ落とし、彼女は用件を述べた。
まあ、大体そんなところだろうと思っていたが…
血の繋がらない小娘一人の為に、よくここまで危険を冒せるものだと、ある意味感心した。
「…異なことを言う。
まるで、私が彼女を拐ったかのように君は言うが、ここに来るのを決めたのは、彼女自身だよ。」
ギリッと歯噛みする音が、微かにマイクに乗った。
『あ、貴方達がそう仕向けたのでしょう!!』
「仕向けたとは、またひどい言われようだね。
あれは正当な取り引きだよ。あの時と同じことだ。
そうじゃないかね、サキ君?」