treasure
□あまたさんより(にこハピバ)
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青空と、雨。
冷たい指先と、熱い体。
めまぐるしく、
一変する世界。
びしょぬれ
真っ青な空と、夏日の暑さを一変させた夕立からの、
緊急避難先は、公園の自販機コーナーのちょっとした軒先。
自販機二台分の狭いスペースで、黒崎くんと二人、立ち尽くして目を合わす。
「いっ・・・きなりすぎだろ!」
「び、びっくりしたね!」
暑いね、暑いな、なんて言いながら、ベンチでジュースを飲んでた数分前が、嘘みたい。
夏特有の暑さも、夕方でもまだ暮れてなかった青い空も、あっという間に黒い雲が覆い尽くして、乱暴に取り払ってしまった。
さっきまで座っていたベンチに、叩きつけるように落ちてくる雨の粒。
遠くの空に白い光の亀裂が走る。
数拍遅れて、轟く、雷鳴。
「・・・っ」
地面まで震えるような感覚に、思わず耳を塞いですくめた肩を、黒崎くんの手が引き寄せてくれる。
「やみそうにねえな」
「うん」
「これ以上、酷くなんねえうちに送ってく」
耳元の手に指を絡ませて、黒崎くんがあたしの手を引く。
「急ぐぞ、井上。
まあ急いでも、濡れんのは、確定だけどさ」
一歩、軒先から踏み出した瞬間、頬に、肩に当たる雨が、重たくて、冷たくて、痛い。
けど。
目の前の黒崎くんの背中と、繋いだ手がまっすぐ歩かせてくれるから。
激しさを増していく雨に、同じように濡れながら家路を急ぐ人達とすれ違い追い越しながら、なんとか無事にあたしの部屋にたどり着いた。
「じゃ、俺も帰るわ」
部屋の前、前髪から滴る水滴をぬぐう黒崎くんの手を、慌てて今度はあたしが引く。
「待って!入って!風邪ひいちゃうから!」
「つっても・・・この状態じゃ部屋、あがれねえだろ?」
「あたしも同じくびしょぬれだから、遠慮しないで」
ね?と、見上げながらお願いすれば、苦笑しながら片手で首筋をかく黒崎くん。
「靴ん中もぐちゃぐちゃだぜ?」
「えへへ、一緒だよ?
ちょっと待っててね?」
黒崎くんにも玄関に入ってもらって、急いでタオルを抱えて戻る。
二人で、並んで。
バスタオルを肌に乗せ、軽く、叩くように。
濡れた体から雨を追い出す。
部屋の中の、乾いた熱い空気が、冷えた肌に心地よくて。
重みを増したタオルを黒崎くんから受け取って、フローリングの床の上、二人で腰を下ろす。
髪の毛を拭くために用意したフェイスタオル。
緑色のドットのを黒崎くんの頭に被せて、タオル越しに触れてみたのは、ちょっとした悪戯心、だったのに。
重みをましたオレンジの髪も。
引き締まった頬も。
タオルを超えて触れた指先が感じるのは、いつもの熱さとは真反対の、感覚。
思わず黙り込んだあたしの顔を、黒崎くんが覗き込むから。
視線を合わせないように下を向いて、
床に着いた黒崎くんの左腕に触れてみる。
湿った肌の感触と冷たさに、
どうしてかな、
なんでかな、
ふいに、恋しくなっちゃった、の。
いつもの、黒崎くんの、温度が。
何も言わないで、なぞるようにあたしの頬をすべる黒崎くんの指先に、
そのまま手首を掴む黒崎くんの手のひらに、
あの熱さが戻るまで、触れられていたくて。
触れて、いたくて。
「からだ、ひえちゃったね」
窓を打つ雨の音に忍ばせて、そっと呟いてみる。
「井上、くちびる、も?」
黒崎くんの少し掠れた声に、
指先にこもる力に、
少しずつ戻る熱に、
あたしの内側も、熱くなっていく、から。
「・・・たしかめて」
その一言で、
一気に縮まる距離が、嬉しいの。
この肌にはりつく
冷たさを、
取り払って。
浮かされそうな熱で、
覆い尽くして。
言葉でねだる前に、黒崎くんに触れられて、叶えられて、もう何も考えられなくなる。
暑さから、冷たさ。
冷たさから、熱さへ。
体の感じる感覚のめまぐるしさに、瞳を閉じて全てをゆだねても、
大丈夫。
きっと、大丈夫。
狭い部屋の中で、世界が一変する。
その理由は、ひとつだけ。
ひとつしかない、から。
夏の日の青い空を、
乾いた暑さを変えるのが、夕立なら。
あたしを変えて、
熱くして、
溶かして、
溺れさせるのは、
黒崎くん、だけだから。
2012.2.16
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