短編小説

□秋風に香る、恋匂う
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「…だ、大丈夫です…」

名波はバレないようにわざと高めの声を出す。そんな事で女の子のような声が出せるかなんて分かんないけれど。
チラ、と横を見る。ジーンズにスニーカーの足が見える。ゆっくりと視線を上げて、男を見た。
間違う訳がなかった。今まで近くで見ることの叶わなかった顔が今は目と鼻の先。

「そ…?」
「は、…はい」

手を差し出されてドキリとした。その手も指も、名波が幾度となく夢見たものだったから。
長く節だった指先、大きな掌。その左手の人差し指にペンダコがあって、左利きなんだと初めて知った。
手に指を乗せた。初めて触れる指は思ったよりも温かい。

ゆっくりと立ち上がらせてくれる男に名波はドキドキが止まらなかった。

「気をつけてな」
「…ありがとう、ございます…」

名波は男に御礼を言って、頭を下げる。そして顔を上げた時、再び胸が鳴った。
真正面から見下ろした男と初めて目が合う。黒に近い茶色の髪とは違う、純粋な黒。名波はそれに引き付けられた。
ドクドクと心臓が脈打ち、身体中に血を送る感覚がよく解る。
ふと、視線を横にやると、窓硝子があった。闇にコンビニの様子が写り込んでいる。

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