春蝶の舞

□間抜けで頭ゆるゆるな君へ
1ページ/1ページ



平八の長屋にて
「ひ〜、あいつ何したんだよ鴇!!」


その頃、鴇がくしゃみをした。
梵天の顔にストレートにあたった。


まずいって思ったけど手遅れ、ひくひくと顔がつっている。


「六合、お前何するんだい…?」


わー、すごい顔…
どころじゃない!!!!


「ご…ごめん、」


「まったく、君が銀朱と記憶を共有したことは、唯一の救いかもしれないけど、へんな所まで似たね。」



「へんな所って、どういうことだよ?」


「人を馬鹿にするところ、間抜けなところ、頭ゆるゆるのところ、他にもいろいろ…ね。」


じっと梵天を見つめる。
梵天はどこか嬉しそうで、悲しそうで……


「冬の間銀朱さんの所に通っていた位、銀朱さんのこと好きなんだね…。」



鴇のその一言で空気が固まる。


「六合?」


「いや、ごめん。
 気にしないで!」


このまま、何か言えばさらに梵天の機嫌が悪くなる!


「知っているんだろう。
 銀朱と俺のこと。」


「まあ、見て嬉しいものじゃなかったけど。」


「そうだね。
 銀朱には君と同じようなことされたことあるしね。」


「もしかして、さっきの?」


「そうだね…
 ずっと昔の冬のこと―――――」










二月の最も冷える頃、いつもどおり銀朱を待っていると雪を踏む音が聞こえた。


ぱっと顔を上げて、足音の方を見ると赤い顔の銀朱がいた。


「銀朱、どうしたの?」


「いえ、風邪をひいたんです。
 明日には治っていますよ。
 そうそう、あなたに襟巻きをつくったんですよ。」


「ふーん。」


何を思ったかくすくす笑い始める銀朱。


「どうぞ。」
「いらない!」


「どうしてですか?!
 あなたがいつも寒そうな姿ですから、風邪をひくのではないかと心配してですね!!」


「違うだろう…
 どうせろくな事考えてないんだろう。」


「そ、そんなことありませんよ…?」


「なんで疑問系なんだい?」


「いえいえ、気にしないでください。
 ほら、受け取ってください。何もしませんから。」


「そういって、いつもするのはどこの誰なんだろうね?」


「誰でしょうね〜?」


「君、性格悪くなったね。」


「そ…そ………」


「?」


「は…」


「は?」


「くしゅんっっっ!!!!!!!!!」


「……………………。」


銀朱のくしゃみによってとんだ鼻水は、見事に鶸の顔にべっとりついている。


「………銀朱、」


「ご、ごめんなさい!」


「まったく、何するんだい?
 俺はいらないよ。君が使えば?」


ごしごしと銀朱から受け取った布で顔をふく。


「私が使うんですか? 
 貴方のほうが寒そうですよ。
 それ、夏服じゃないですか!」


「俺は寒くないからいらないよ。」


「なら、こうしましょう!
 あなたは私に使えと、私は貴方にと…
 なら、一緒に巻きませんか?
 そうすれば、お互い温いですよ。」


「ふん、嫌だね。」


「では、私の問いかけに答えることができたならやめましょう。
 貴方が答えられなかったら私の勝ちです。」


「却下。」


「おや、白禄さん?
 答えられないのですか〜?」


「…何?
 いいよ、俺に答えられないことなんて無い!」


(ふふ、こういう人は扱いやすいですね。)


「では、私の好きな食べ物は何でしょうか?」


「は?」


「これ一問ですよ。」


「……あんたが俺の前で食べ物食べたこと無いよ。」


「わかりません?
 私の勝ちですかぁ〜?」


「………甘味?」


「それは趣味です。
 好きな食べ物はお米です!
 というわけで、一緒に巻きましょう。」


「そんなの、答えられるわけないだろう…」


銀朱が鶸にずいっと近づく。


「ちょ、近寄らないでよ。」


「近づかないと、一緒に巻けませんよ。」


「うわ、鼻水垂れてる…」


「垂れてませんよ〜」


「着物に付けないでよ!!」


「付けてませんよ〜」


「はあぁ。」


千歳緑の着物に鼻水がついた。
ふわっと首に巻かれる襟巻きが暖かい。


「暖かいですね〜。」


「そうだね。」


しばらくすると、雪が降り始めた。
舞い散る白い花弁のような雪を見つめて、銀朱が口を開く。


「また、冬が廻ってくるといいですね。」


「何言ってるんだい?
 冬くらい、嫌でも廻ってくるよ。」


「いえ、貴方が隣にいる冬ですよ。」


「…………。」


「嫌ですか?」


「俺も…俺もそう思うよ。」


「貴方にしては珍しいですね。
 だから、雪が降ったのですね〜」


銀朱の言葉にイラついて襟巻きを外して、銀朱の足を踏む。


「痛い!!」


「うるさい!」


鶸は森にガサガサ入っていった。
その方向を見つめ言う。


「どうか…このままで―――」


それを言うと、社に帰った。


雪に濡れた衣を引きずっていると鶴梅に見つかった。


「ひ・め・さ・ま?
 貴方は風邪をひかれているのに、どうして雪の舞う外へ出られるのですか?!」


「ご、ごめんなさい…」


「早く、お着替え下さい。
 悪化しますよ。」


「そうですね。
 鶴梅、子供が好きな甘味は何かわかります?」


「団子などでしょうか?」


「そうですか。
 今度作りますね。」


「ダメです。
 姫巫女様である貴方があのような所に出入りされるなんて…」


「もう、お菓子が食べられなくてもいいんですか〜?」


「う…それは……
 三日に一度なら許します。」


にっこりと微笑む。
今度こそたべてくれますよね?


白い雪が静かに舞う遠い冬のこと―――







ぽかっと口を開けている六合。


「こんなことがあったね。」


「お前が過去のこと話すなんて珍しいな。」


「そうかい?」


「結局、銀朱さんのお菓子は食べたの?」


「俺は食べ物全般嫌いなんだよ。
 食べるわけ無いだろう?」


「食べ物全般嫌いって…!!」


「うるさいよ。
 苦手な物は苦手なんだよ。」


「だから、肋骨ういているんだね〜。」






懐かしい思い出だね。
あんたが隣にいればいいのに…ね。
帝天に消されるなんて、本当にいつまでも間抜けで頭ゆるゆるだね。


そんな君に一言。
俺は君が好きだったよ。
だから、隣にいて襟巻きを巻いて―――


鴇の眼帯から一匹の蝶が梵天の指にとまる。
それは、泣かないでというように――――




+*+*+*+*

お疲れ様でした。
短編にしてはやや長めな話でした。
12巻の鴇が梵天に鼻水つけた所が結構好きです。


11’8’22
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ