春蝶の舞

□忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
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六合のが坂上神社から思っていたより早く帰ってきた。


てっきり長居するだろうと思っていたのに…ね。


昔は銀朱がここで甘い菓子を両手にいたのに、もう戻らないなんて……
そういえば、一回しか食べなかったね。
将棋で負けて、あんなことを言われて…


なんて暢気に女々しいことを考えていると、六合のがずかずかと俺に詰め寄る。


「……?」


「……んだよ、アレ。」


アレって何だい?
こいつ…主語が無くて日本語が伝わると思っているのかい?


「何があったんだよアレ!!」


「―――落ち着け、アレとは何のことだ。」


「篠ノ女が…その、俺の友達が…
 俺のこと忘れてて!」


六合のの知り合いが忘れている…?
なら…銀朱は?!


嫌な予感が頭をよぎる。


「―――姫は?」


「何もないって―――でも
 なんで呪いのことすら!」


言うな!
銀朱、まさか……


「皆、忘れてんだよ!?」


銀朱!!
今、そこの神社にいるのは違う銀朱…
ということは…帝天がリセットしたんだね。


まったく、消されるなんて…相変わらず間抜けだね。


でも、俺との約束は果たしたのかい?
”緩やかな荒廃を待つより、前に進もう”


お互いたった一人向き合うには無力で、この世の有り様に絶望しそうだったから、約束をして絶望しないようにしていたのに…


銀朱…
なんで一人だけ―――――――。


あの銀朱を覚えているのは俺と六合のとわずかな者だけ…


なんて…
なんて不憫なんだ…
あんたを思っていた巫女達はもちろんこの世界のものは銀朱を忘れている。


「簡単に君一人楽にしてやらないよ。」


言う相手のいない言葉が虚しく、森の木々に吸い込まれる。


それに悲しい笑みを浮かべて秘めていた思いを言う。


「銀朱、好きだったよ。」


一匹の桃色の蝶が肩にとまる。


”忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人のいのちの 惜しくもあるかな”


桃色の蝶がひらりと舞う。
それに、俺一人で向き合うことになるなんてと呟いた。


頬を伝い乾いた土に一筋の涙が染み込んだ。


背中を向けて朧車の中の六合のの元へいく。
涙のあとを拭いて。


「少しはおちついたかい?」




+*+*+*+*

女々しい梵天でしたね。
あのときは鴇だけの視点でしたけど、梵天はきっと銀朱のことを思ったのだろうと思います。


その辛い思いを歌う詩が、百人一首の38番にありました。


愛を誓った相手が神罰で滅びゆくことを惜しむ恋心の詩です。


11’8’9
 

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