RESET 〜明日照婆娑羅伝〜

ノ幕「凍える獄」
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「……なんか騒がしくねェか。この館」

馬を駆って賽の芽の神社から躑躅ヶ崎館に戻るなり、イッスンがそう呟いた。
まだ門より中へは入っていないが、塀越しに女中や兵たちが妙にばたついている気配がする。幸村や佐助も同じように感じたらしく、怪訝な顔をしていた。

「旦那、ちょっと先に中入って様子見てくるわ」
「……うむ」

短く会話を交わして、佐助が風のように姿を掻き消す。それを見届けてから、幸村が馬を降り、相乗りしていた真弓に手を貸した。

「少々お待ちくだされ。何事もなければ、すぐに佐助が迎え出てくれるはず」

安心させるように幸村は言った。しかし、その眼光は鋭く、纏う空気も研ぎ澄まされた武士のそれへと変化している。
何を隠そう、今は戦国の乱世。いつ何が起こってもおかしくないし、誰に襲われても文句は言えない。妖怪という災厄が過ぎ去っても、今度は同じ人間が脅威となり、虎視眈々と互いの命を狙い合うのだ。
足元でアマテラスが不安そうに「きゅうん」と鳴いたので、真弓は頭をそっと撫ぜた。もう幾度となく繰り返してきたやりとりだった。
しばらくして、がたん、と館の門が開かれた。佐助の顔がひょこりと覗く。

「お待たせー。とりあえず入って」

間延びした声で、だがどこか張りつめた表情で促してきた。幸村が降りた馬の手綱を引き、真弓とアマテラス、イッスンがそれに追従する。敷地に入ると、他の従者たちが素早く駆けつけて「お帰りなさいませ」と言いながら、幸村の馬を預かった。
がたり、と背後の門が完全に閉ざされたのを確認した上で、ようやく佐助が口を開く。

「ごめんね、なんか慌ただしい感じで。俺達が出てる間に急な来客があってさ。大将が今、応対中なんだって」
「……来客?」

反芻した幸村に、「そ」と佐助は答えた。

「客ゥ?いったいどこのどいつでィ」
「あー、えーとね……」

イッスンが口にしたのは当然の疑問だったが、何故か佐助の歯切れが悪い。そのかたわらで、仮にも一国の主が応対しているということは相当な地位を持つ客じゃないだろうか、と真弓は考えを巡らせていた。

「うーんと……まあいっか。君らだったらそう簡単に外に漏らしたりしないだろうし」
「何でェ、もったいぶりやがって」
「そんなんじゃないって。ただ相手が相手だから、ホイホイ簡単に教えられないんだよ、こういうの」

告げられた弁明は抽象的だったが、要は戦術的な事情によるのだろう。一軍を率いる頭領がどこの誰と接触しているか。たったそれだけの情報が、この戦国の世では有利にも不利にも運んでしまう。

「その来客ってのが……越後の軍神なんだ」

渋々答えた佐助の言葉に、アマテラスとイッスンがきょとんとし、幸村と真弓は大きく息を呑んだ。

「……えちごのグンシン?」
「わふ?」
「ううううう上杉殿だと!?」
「…………えっ」

四人四様の反応に、佐助が苦笑した。


 

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