RESET 〜明日照婆娑羅伝〜

□幕さちさがし」
1ページ/11ページ




すー、すー、と安らかな呼吸が出入りするたび、透明な膜が膨張と収縮を繰り返す。そう表現すると聞こえはいいが、実際その正体は鼻水の塊に空気が入り込んで出来上がった鼻提灯だ。合わせて、その提灯を膨らませている本人の腹も上下していた。
場所は縁側の日なた。暖かな春の日差しが照らし出してくれている。
時折庭に植えられた苗木へ小鳥が止まり、睦ましそうに寄り添い合っていた。

「……んがっ……ぐぅ」

単調だった寝息が一瞬だけ乱れたが、ほどなくして鼻提灯の伸縮を再開する。ぼりぼりぼりぼり、と無意識に片手が脇腹を服の上から掻いた。
そして、そっと伸ばされた篭手の尖った指先が鼻提灯の薄い膜に触れた。
──ぱちん。

「ぶォわ!?」

一瞬で弾けて霧散した提灯の破裂音は、寝入っていた本人にはかなりの衝撃であったらしい。イッスンは目を白黒させて文字通り飛び起きた。

「おっはよー、玉虫君。よく寝てたねー」
「しっ、しし忍の兄ちゃん!?おおおおどかすんじゃないやイ……ってか、オイラは虫じゃねーっつってんだろォ!」

同じ縁側にしゃがんで、にへらっと笑いながら見下ろしてくる佐助に怒鳴った。不機嫌そうに鼻を鳴らし腕を組んでふんぞり返る。
そこで気付いたのは、自分の下にいつの間にか座布団が敷かれているということ。日を浴びた布地がほかほかと温まって湯たんぽのようだ。自分で敷いた記憶はなかったが、まあいいか、と軽く体を上下に揺すって、柔らかい弾力を堪能した。普通の人間が使う座布団のサイズはコロポックルの体格だと桁違いだが、それがかえって包み込むような安定感をくれる。

「ったく……せっかく気持ちよく昼寝してたのに邪魔しやがって。大体起こし方ってモンがあんだろォ?」
「そんな怒らないでよ。あそこまで大袈裟に驚くと思わなかったの」
「ホントかァ?兄ちゃんの言うコトってなーんか胡散臭いからなァ」
「うわ、イッスンまでそんなこと言っちゃう?俺様悲しい……!」
「……みっともねェから嘘泣きはやめろィ」

辛辣な言葉を受けて顔を手で覆った忍に、生温かい視線を送った。すると佐助は「ばれた?」とあっさり笑い飛ばす。

「それはさておいて……アマテラスと真弓ちゃんは?」
「…………ん?」

問われて、イッスンは目を瞬かせた。今、縁側にいるのはイッスン自身と佐助だけ。まどろみ始める前までは確かに一緒だったはずの狼と少女の姿はどこにも見当たらない。
きょろきょろと首を巡らせ、縁側と面した居室──奥州での滞在のために宛がわれた部屋も確かめたが、中はもぬけの殻だ。

「あ、アレ……?どこ行っちまったんだ?」

頭を掻いて首を傾げるのを見て、佐助が眉根を寄せた。

「ひょっとして、置いてけぼりくった?」
「ひ、人聞きの悪いこと言うなァ!あんの毛むくじゃら……性懲りもなく勝手にどこほっつき歩いてやがんだ!」

ぴょんと座布団を飛び降りて地団駄を踏むイッスン。佐助が立ち上がって深く嘆息した。

「んもー、世話の焼ける神様なんだから……しょうがない、旦那にどやされる前に探しに来ますか」

そうぼやいて、凝り気味の肩を軽く回す。遠くでウグイスのさえずる声がした。


 

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ