文
□継承響くアッシェンプッテル城へ
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俺の幼馴染と遊園地
風船をもらって嬉しそうにしていた彼女を、俺は守りたかった。
わいわいガヤガヤ。
今日はとても天気が良い。今日は休日だ。ここは遊園地。休みを利用して訪れる家族が多い、レジャー施設だ。家族連れや同じ年の子供の集団が多い。俺の目の前を通り過ぎる家族は楽しそうに笑っている。
「しっかりやってるか?」
清掃員が話しかけてくる。俺はそれにそっけなく「サボってるように見えるか?」と言ってやる。それには特に気にした風もなくやつはまた自分の持ち場に戻っていった。
俺は好きでここにいるわけじゃない。こんなところにいたいわけがない。
あの日、俺は幼馴染のみーちゃんとここにデートにやってきた。はじめはつまらなそうにしていたみーちゃんも、小さな非日常に次第に笑顔になっていった。ひとまず休もうとしていた頃、俺はアイスを買いに行った。そしてみーちゃんの許に戻った。そして。
「―――・・・」
俺の手から溶け出したアイスが滴っていく。
みーちゃんのそばには黒い服の女がいた。その女に何事かを耳元で囁かれている。みーちゃんの目は虚ろに宙を彷徨っていた。
あの時のことは鮮明に覚えている。空が翳りだし、ベンチの小鳥が飛び去っていった。
俺はみーちゃんを取り返そうと、女を追った。そして女から出された条件を飲んだ。差し出されたのはアルベールの契約書。女は言った。
「あの子を助けたいんだろう?」
俺は悪魔に魂を売った。
ぐるぐると回るメリーゴーランド。くるくる回るコーヒーカップ。回り続ける観覧車。巡る俺の思い出。どうしても彼女を助けたい。
毎日毎日彼女のことだけを考えて遊園地に尽くす。頭がおかしくなりそうだ。俺は限界だった。
ふらふらとベンチに座り込む。そのとき。
「!、みーちゃん!」
俺の声にみーちゃんは振り向いた。お姫様、あるいはお嫁さんのように白いドレスに身を包んだ彼女は死んだような目を俺に向けた。
「・・・っ!」
俺はたまらず駆け寄り、手を取った。そしてまた駆け出す。
みーちゃんの頭にのっていたティアラが、髪を滑り落ちていく。
走りながら、俺はこれまでのことを思った。それは悪魔の所業と呼ばれるにふさわしい卑劣なことばかりだ。今までだってろくなことをしてこなかった俺だが、それは自分の愛に基づいたことだ。これはそんな人間愛の延長線上にすらない。まさに外道だった。ただ間違いは俺だけではない。この遊園地そのものがおかしい。しかし、ここに来る連中のほとんどはここの正体を知らない。まさに通常運転。吐き気がした。だから俺はそれに逆らう。
みーちゃんの手はあのときから変わらず、小さい。握りつぶしてしまいそうなその手を、しかし強く握った。
「くそっ」
振り切っても振り切ってもやつの手下が追いかけてくる。化け物のあいつらに俺の体力が追いつかない。
「いざや・・・」
「大丈夫だよ、みーちゃん」
言い聞かせたのはみーちゃんにか、それとも自分か。城に飛び込み螺旋階段を登る。気が付けば城の頂上がそこにあった。
「どうする気だ?」
待ち伏せていたようなタイミングで現れた悪魔は言った。
俺は笑ってみせた。
「この契約書に期限はない。そんなものに俺は縛られるつもりはないんだよ」
そして契約書を破り捨てる。悪魔は静かにそれを見つめていた。
「契約破棄、ということか」
「ああ。彼女を取り戻した今、そんなものはもういらない」
まっすぐ悪魔を見据え、言い放つ。そんな俺を心底面白そうに悪魔は笑った。
「長いこと人間と契約を交わしてきたが、こんなふうに契約破棄されたことはないな。なんだか、新鮮な気分だ。ただ従うだけのつまらない生き物かと思っていたが、人間もなかなかやるじゃないか。面白いから見逃してやる。せいぜい人間らしく生きるんだな」
気がついたら俺たちは遊園地の外にいた。
「・・・帰ろう、臨也」
「うん。帰ろうか」
今度こそこの手は離さないように、強く握った。