第二部

□第二十五話
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シャン・ドゥは、昨日よりも一層賑やかになっていた。
ラコルム街道に繋がる門の近くで、護衛団の顔馴染みが目を光らせている。
その様子に笑いつつ、前を行く彼らについて門前にある石像の前で立ち止まった。
ジュード、エリーゼとティポ、レイアちゃんは呆気にとられた表情で石像を見上げている。

「すごい……」
「シャン・ドゥは先祖崇拝と精霊信仰が強くて、崇拝と信仰を同一視した昔の住民達がこういった過去の偉人を石像にして残したんだ」
「へー…。コノエって物知りなんだ」

レイアちゃんが俺の方に視線を向け直した。
アルヴィンは、街の中心部へ歩きながら言う。

「ほらほら、人の顔見ないで上を見上げとけよ。たまに崖から落石があるぞ」

振り返って笑うアルヴィンにレイアちゃんが慌てたように上を向いた。

「え、うそ!?お、脅かさないでよ!」

いや、と俺は続ける。

「アルヴィンの言っていることは本当のことだ。もう何百年も昔に彫られた石像だからな。表面が風化して崩れやすくなってるんだ」
「――コノエはここに住んでいると言ったな」
「え?ああ、此処に住んでるけれど……」
「では、アルヴィン……やけに詳しそうな口ぶりだが、何故だ?」

ミラが疑いの眼差しでアルヴィンを見る。

「前に仕事で、だよ」

実際、アルヴィンは何度か仕事でシャン・ドゥを訪れている。
俺と一緒だった仕事以外でも何回か来ているだろう。
それだけ、此処シャン・ドゥは傭兵や用心棒、護衛等の需要が高いのだ。
しかし、ミラはアルヴィンを完璧に疑っている。
その理由が分からない限りは、下手にフォローしたとしてこちらが疑われるだけであるので、何も言わないでおく。

「あれ……?」

するとティポが、周りを見ながらくるりと一回転した。

「ボク、ここ知ってるよー。ねぇ、エリー?」
「うん……えっと……ハ・ミルに連れて行かれる時に、来たんだ…と思います……」

その言葉に、ローエンが聞く。

「以前、この辺りにいたのですか?」

しかし、エリーゼには覚えがないのか首を横にふる。

「わ、わかりません…」

悲しそうな顔をしたエリーゼの頭を撫でて、視線を合わせた。

「エリーゼ……無理に思い出そうとしなくていいんだぞ?」
「でも……」
「思い出そうとして、そんなに悲しい顔をされたら……俺まで悲しくなってしまう」
「お兄ちゃんも悲しくなるの?」
「そうだよ」
「……コノエお兄ちゃんが悲しくなるの、嫌です。だから、無理しないです」
「うん、約束だ」
「はいっ!」

そういうやり取りをしているうちに、アルヴィンは随分と離れたところに行っていた。

「え、ちょっとアルヴィン君!どこ行くの?」
「ちょーっと用事があってな。んじゃ、そうゆうことで」

アルヴィンがいつもの調子で去っていくと、流石のジュードもミラを振り返った。

「どう……しよっか、ミラ」

ふむ、と少し考えるミラだったが冷めた目でアルヴィンの去った方向を見て言う。

「放っておいても、あいつは帰ってくる。とにかくワイバーンを見つけよう。コノエ、管理されている場所は分かるか?」
「ああ、案内するよ。今の時期ならキタル族も近くにいるだろうから交渉しやすいだろう」
「今の時期……?」

不思議そうに聞き返すジュードに頷く。

「今年は、十年に一度の闘技大会が開かれるんだ。多分、キタル族は唯一の武闘派が族長だけだから戦士を探しているだろうし……」
「ふむ。なるほど……だから、こんなに人が沢山いるのだな」
「キタル族って、どんな部族なの?」

純粋な疑問に、答える。

「過去に…っていっても、ア・ジュール連合王国が設立する前に二大部族と言われた部族の一つなんだ」
「へえ…」
「キタル族は、“獣隷術”という精霊術で魔物や動物と対話をして、使役し暮らしていたんだ」
「…二大部族っていうからには、もう一つ大きな部族があったの?」
「そう。その部族はロンダウ族っていって……?」

ふと、頬に砂礫(されき)が当たる。
慌てて上を見上げ――叫ぶ。

「エリーゼ!レイア!」

近くにいたジュードとミラを突き飛ばし、ティポを抱えるエリーゼを片腕で抱き込んで脇に飛ぶと伏せた。
刹那。
巨大な岩が地面に叩きつけられ、砂塵(さじん)が浮く。
飛び散った砂礫に小さな掠り傷や切り傷を作ったが――最悪の事態は免れたらしい。

「エリーゼ、怪我は!?」
「大丈夫です!……お兄ちゃんッ血が…!!!今、回復します!」

頭を掠ったのが、意外に大きな礫(つぶて)だったようだ。
いつの間に覚えたのか、強力な回復術である“リザレクション”を展開させようとしたエリーゼを慌てて止める。

「ちょっと待った、エリーゼ」
「え、でも……血がいっぱいです!」
「コノエ君ー、無理しないでー!」
「無理してない、大丈夫。――ローエンさん!ミラ!そっちは大丈夫か!?」

砂塵が晴れてきた。
霞んで見えるそれぞれの姿が言う。

「うむ、コノエ。こちらは掠り傷程度だ。問題ないぞ!」
「コノエさん、レイアさんが少し足を捻ったようです」

ジュードとミラは大丈夫のようだが、レイアちゃんが足を捻ったらしい。

「ローエンさんは大丈夫ですか!」
「ほっほ。私は軽い掠り傷程度です――しかし、レイアさんは今すぐ医者に見てもらった方が良いでしょう」

完全に晴れた砂煙に、エリーゼと一緒に立ち上がって、ローエンさんとレイアちゃんの方へ歩く。
ジュードとミラは既に二人の傍らに移動していた。

「怪我の程度からすると……そうだな……。エリーゼ。“ハートレスサークル”はできるか?」
「はい」
「すまないけれど、皆に掛けてもらっていいか?」

頷いて回復術を展開するエリーゼ。
そして、その回復を受けながらジュードが“治癒功”でレイアの足首を診療していた。

「うーん……このくらいなら、軽いテーピングをすれば二日くらいで完治するよ。ただ――僕、テーピングは専門外なんだよね……」

どうやら、軽く捻っただけで捻挫しているわけではないようで、安心する。
他に怪我をしている人はいないようだ。
緑色の暖かい光が終わると、見計らったように声がかかる。

「医者よ!皆さん大丈夫!?」






 * * *





「はい、これで大丈夫よ。一日か二日は無理をせずに安静にしてね」
「本当にありがとう!イスラさん」
「いいのよ。気にしないで」
「イスラさんって、いい人ね!」
「ふふ……。ところであなた達、ここの人間じゃなさそうだけど、この街には何をしに?」

レイアちゃんに手を貸しながら、一緒に立ち上がったイスラという女医を俺は知らない。

(彼女こそ、この街の人間じゃないのか…?今の時期ならば、外から来る者は闘技大会参加者か観客のどちらかだろう……?)

まだこの街に来て四年しか経っていない俺でさえ知っていることを知らないとは、どうゆうことなのだろうか。
彼女の言葉のあやかもしれないが。
まあ、シャン・ドゥは地味に広いし、人口も多いから……そういった人、一人や二人居そうなので、気にすることではないとこの時は思った。
女医の遠ざかる背を見ながら、ジュードが心配そうにレイアちゃんに手を伸ばす。

「レイア、もう少し座ってた方がいいよ」
「うん……大丈夫。ありがとう、ジュード」

歩くのにはまだ少しキツそうだ。

「今日は、宿を取るか」

その言葉に反対の意見を述べたのはミラだった。

「そのような暇は無いのだがな……」
「だけれど、レイアちゃんの足もあるし……なにより、ミラ。君も相当無理している」
「私は無理などしていない」
「額に汗を滲ませながら言う言葉じゃないぞ、それは」
「!」

慌ててミラは自分の額に手を当てた。

「とりあえず、休むにせよ休まないにせよ宿は取るだけとろう。今の時期は早めに宿を取らないと最悪野宿だ」

俺は宿だけでも早めにとるように皆を丸め込んだ。
宿に着き、野宿用の荷物だけを置いて部屋を出る。

「そういえば、コノエって今シャン・ドゥに住んでるんだよね?」

不意にジュードが俺を振り返る。

「え?ああ」
「コノエ君の家ー!行きたいねーエリー!」

ティポがそう騒ぎ出すと、エリーゼとレイアちゃんが話に食いついてきた。

「お兄ちゃんの家……!行きたいです!」
「コノエの家かあ……独り暮らしの男の人の家って興味あるかも……!」
「満場一致ってやつかなーコノエ君ー?」

ミラやジュードも心なしか興味津々といった風だ。
ローエンさんにいたっては……「若い者はいいですなあ…」と言いながら我関せずといった感じである。
諦めた俺は、ワイバーンのいる川向こうに渡る道を曲がらず真直ぐ歩いた。

「――あ、そうだ。一応俺、独り暮らしじゃないから」

レイアちゃんが目を見開く。
その視線を感じながら黙々と歩く俺であった。






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